あなたが社長だなんて気が付かなかった〜一夜で宿したこの子は私だけのものです〜
翌日。
有給をとり産婦人科へ向かった。
尿検査を済ませると診察に呼ばれた。
優しそうな女医さんに促され内診台へと案内された。
初めての経験に緊張していると声がかかった。

「峯岸さん。見えますか?赤ちゃんの袋が見えますね。中でチカチカしてるのが心臓ですよ」

「え?」

私は目の前のモニターに目をこらすと確かに袋中で何かが点滅しているように見える。
これが心臓?

「かわいい……」

「そうですね。まだ1センチにも満たないんですよ」

1センチにもならないくらい小さいのに一生懸命心臓を動かしている。
そう思ったら胸の奥が熱くなった。

産みたい。

女医さんから注意事項の説明や次回の診察の話をされた。
最後に相手のことを聞かれた。

「峯岸さん、お相手の方と相談してみてくださいね。産んで終わりでないんです。これからの長い人生の岐路だと思うんですよ。よく考えてくださいね」

先生は私が独身であることを危惧してくれている。
でも相談すべき相手がわからない。
だからこの子は私だけの子供。
先生にはそう言えず、ひとまず頷いて帰ってきた。

実家の両親は結婚すると期待させていたので破断になったと知ってから腫れ物に触れるようだった。 
29歳でラストチャンスだと思っていたのか両親の落ち込みようも半端なく大きかった。
東京にいると29歳はまだ結婚していない人も多いけれど地方に出ると遅いと言われがち。
そんな娘が相手もいないのに妊娠しただなんて聞いたら驚くことだろう。
今は言えない。

やはりこんなことを相談できる人は親友の友佳《ともか》だけ。

私は家に帰ると夜になるのを待って智花に連絡した。

「友佳? 今いい?」

『どうしたの?』

「うん……あのね、私妊娠した」

『え?? だって、別れたよね?」

友佳が不思議に思うのは無理もない。
彼と別れる時散々相談に乗ってもらい励ましてくれたのは友佳だ。
中学の頃からの親友で何でも話せる唯一の存在。
私は妊娠に至るまでの話をすると友佳はとても驚いていた。
まさか私が一夜限りの関係を持つなんて思ってもみなかった、と。
私だってそんなことできると思っていなかった。
けど彼との出会いのおかげで何もかも吹っ切ることができたし、考え方を変えることもできた。全てがいい方向に向かっている。
彼との出会いは運命のようにさえ感じていると話すと茶化すことなく受け入れてくれた。

『雪がそんなに思うなんてよほどいい人だったのね。でもね、産むって大変なことだよ。その子の一生を背負うんだよ。一時の感情だけで決めていいのかな?』

友佳の言うことは十分にわかる。
でも、それでも私はこの子を産みたい。

『雪の決意が堅いのならもう何も言わない。その代わり応援する』

「友佳。ありがとう」
< 8 / 26 >

この作品をシェア

pagetop