あの夜を閉じ込めて



羽田空港から約1時間半。およそ786キロメートル先の目的地・函館空港に着いたのは午後12時だった。

「……わっ、雪だ」

東京では見ることができない銀色の景色。見渡す限り真っ白で、冷たい空気を吸うたびに肺が痛かった。

コートの中には、ユニクロのフリースとウールのセーター。保湿下着を重ね着して、タイツは裏起毛の80デニール。自分なりに防寒対策は万全にしてきたつもりだったけれど、北国は思っていた以上に冷え込んでいた。

私は駅に向かうためのシャトルバスを待つ。初めて訪れた場所にも関わらず、順序よくバスを待つことができているのは、新婚旅行で訪れるはずだったからだ。

人力車で市内観光をしたあとは、全室スイートルームのホテルに泊まり、懐石料理を楽しみ、部屋付きの温泉に浸かる。暖炉が揺らめくラウンジでワインを嗜みながら、函館山を一望できる夜景を眺めて、幸せな時間を過ごす予定だった。


――『ごめん。結婚の話は白紙に戻してほしい』

あの一言を今も頭の中で繰り返している。

< 2 / 27 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop