ABYSS〜First Love〜
結論から言うとその夜ユキナリは
「これでリオと逢うのは最後にしたい。」
と言った。

もちろんオレは引き留めた。

絶対にこのまま離れたくなかった。

あと二日あるじゃないかと泣いて縋った。

でもユキナリは一度言い出した事は覆さないってわかってる。

ユキナリも本当に辛いんだと思った。

もういいや。

これでやっとユキナリの呪縛から解放されると思えばいい。

もうオレらには何の進展もない。

一緒にいればいるだけ別れは辛くなる。

「リオ、オレはもうこの先の人生が決まってる。

就く仕事も、結婚相手もみんな決まってるんだ。」

ユキナリの足かせはそれだったのか。

恋愛することも夢を持つことも
もう許されない人生だった。

「それでいいのかよ。」

ユキナリはもっと自由な人だと思ってた。

「案外つまんないヤツだったんだ。」

「そうだよ。リオが憧れるような男じゃないんだ。」

結局最後までオレたちは寝なかった。

そういう恋も悪くないと思った。

ユキナリとはただの憧れで終わりにすれば
きっとすぐに忘れられると思った。

それから2日間、オレは海の家に行かなかった。

人生でこんなにツラい時間はなかった。

逢いたくて気が狂いそうになるくらい恋焦がれて
涙が枯れるほど泣いて
ユキナリとはもう絶対にそれきり会わないと決めた。

ユキナリが去り、海の家もあと少しで今年の営業が終わる。

オウスケさんは東京へ戻る準備を始めて、
海の家は解体され
サチとタクミも自分たちの場所に帰って行った。

オレは相変わらずサーフィン漬けの毎日で
アキラさんもここでマイペースに暮らしている。

夏の終わりはいつも寂しくて
秋に慣れるまで少し時間がかかる。

今年の秋は例年よりずっと時間が長く感じた。

一日たりともユキナリのことは忘れなかったが
それでも大学が始まって少しずつ日常を取り戻していった。

ある日海から上がると知らない女の人に声をかけられた。

「良かったらモデルやりませんか?」

「モデル?」

サーフィンの雑誌に掲載するサーフブランドのモデルを探してると言われた。

オレの話を誰かから聞いてわざわざ東京から来たと言った。

「モデルならたくさんいるでしょう?

何でオレなんか…」

「サーフィンホントにやってる人じゃないとね。

ただボード持って写真撮るってだけじゃ
このボードの価値は伝わらないかなぁって思ってね。

リオくんだっけ?君はこの界隈じゃ有名だよね。

イケメンサーフボーダーって。

背も高いし、イメージにピッタリなんだよね。」

彼女自身もサーファーで自分のブランドを立ち上げて
オシャレなアイテムが若者に受けて最近海で彼女のデザインのスイムスーツやTシャツをよく見かける。

ボードは一流ブランドと彼女のデザインのコラボで見るからにオシャレでカッコよかった。

「このボード使ってもらえたら嬉しいです。」

彼女はそう言ってパーカーとTシャツとボードを提供してくれた。

「リオくんがこれに乗ってくれたら絶対に売れると思うんだよね。」

彼女の熱心なプレゼンに心が動いて
後日改めて海で撮影することになった。

雑誌のたった1ページの広告で
ユキナリから電話が来た。

ユキナリの声でオレの気持ちは簡単にユキナリに戻ってしまった。

ユキナリは何も言わなかったけど
オレが好きだと言ったら

「キスしに来てよ。」

と言った。

オレはユキナリの声だけで身体が反応する。

忘れると決めたのにユキナリに逢いたくて堪らなかった。

「ユキナリ…好きだ…」

オレはもうどうにかなりそうだ。

正気に戻ると恥ずかしくなって焦って電話を切ってしまった。

しかしオレはその後、思いもよらない人生を手に入れることになった。

次の年には大きな会社からスポンサーのオファーがあり、
オレにはプロサーファーの道が開けた。

うまくいけばオリンピックの強化指定選手になれるかも知れなかった。

そして大きな大会に出場出来ることになった。

オレは親が反対するのも聞かずに
大学を辞めて上京した。

上京と言ってもほとんど海外遠征で
日本に居られる時間は短かった。

しかし、海外の大会で運良くいい成績を残して
サーフィンという競技もオリンピックでメジャーになりつつあって
オレは雑誌やテレビの取材を受けることになった。

これを見たら、もしかしたら今度はユキナリに会えるかもしれないと思って積極的に取材を受けた。

スポンサーから広告の話が来て
オレの人生は大きく変わっていった。

「リオくんですよね?」

街で声をかけられるようになり
サインを求められた。

テレビの密着取材が入ったり
周りが慌ただしく変わっていく。

だけど周りがどんなに変わっても
あんなに辛くてしんどいだけの恋に
オレはまだ未練があった。

あれからもユキナリ以外は誰も好きになれなくて
会えなければ会えないほど会いたくて堪らなかった。

少しでも有名になってユキナリの目に止まりたかった。

そしてそれは現実になった。
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