ABYSS〜First Love〜

オレはハワイに行く前に事務所に呼び出された。

「リオ、この男誰?」

社長はユキナリに心を掴まれたんだと思った。

客観的にみてもユキナリほどのビジュアルのいいモデルはそう簡単には見つからないから。

オレよりもユキナリのがずっとモデルに向いてると思ってた。

「え?この写真どうしたんですか?
もしかしてスカウトしようとしてます?」

「たしかになかなか居ないくらいいい顔してる。
華もあるし…スタイルもいい。

でもなぁ、リオ。

これはマズいよ。」

社長はオレとユキナリがキスしてる写真を最後にオレの前に置いた。

「え?」

「リオ、わかってるだろ?
広告のモデルはイメージが大事なんだ。

相手が誰だろうと悪いことじゃないけど…今は困る。」

「この写真どこから?」

すると社長は事務所の奥の部屋にオレを連れて行った。

「お前にお客さんだ。
写真は彼女からのプレゼント。」

目の前に現れた女をオレは知っていた。

「久しぶりね、リオくん。」

それはユキナリの婚約者だったサチだった。

「え?どうして?

この写真、サッちゃんが?」

サチは随分雰囲気が変わってた。

海の家にいた頃のお嬢様って感じじゃなくて
派手な服装であの頃には無い陰みたいなものが感じられた。

「まさかユキナリとこういう関係だったなんて。
私たちが婚約してたの知ってたよね?
私の人生壊しといて自分たちだけ幸せになろうなんて…許されると思った?」

サチが言うこともわからないでもない。

サチはユキナリにぞっこんで
結婚一歩手前でオレにユキナリを奪われたも同然だった。

そりゃ逆の立場ならオレだって相手を恨むだろう。

「ごめん…その…サッちゃんを傷つけるつもりじゃなかったんだ。

だけどサッちゃんが来る前からオレはユキナリのことが…好きで…取られたくなくて必死だった。

サッちゃんの気持ち考える余裕なんて無くて…
本当に申し訳ないけど…」

サチはオレの頰を叩いた。

叩かれた頰は痛くなかったけど胸は傷んだ。

「アンタ気持ち悪いのよ!

ユキナリはもともとそうじゃなかったでしょ?

アンタが誘惑してその気にさせたのよ!

そのせいでユキナリは道を踏み外した。

普通に結婚して子供作って幸せに暮らす未来があったのに
アンタが誘惑してユキナリの人生を台無しにしたのよ!」

そうだった。

ユキナリは最初オレを受け入れてくれなかった。

オレが何度もしつこく迫ってユキナリをその気にさせた。

そのせいでユキナリは結婚も子供を持つという一般的な人生を棒に振ったのかも知れない。

「別れて!
ユキナリと別れなさいよ!

じゃないとアンタがしたことバラしてやる!

アンタ大きな会社の広告のモデルやってるよね?
別れないなら引き摺り下ろすわよ。

契約とか途中で打ち切られると色々問題あるみたいだよね。
違約金とか払えるの?

ユキナリだってアンタとのことがわかったら普通に生活できなくなるわ。

それでもいいの?」

サチの条件はあくまでオレがユキナリと別れることだと言った。

だけどオレはこんなことでユキナリと別れるなんて到底無理だと思った。

ユキナリとこのまま堂々と付き合いたい。

でもそれはこの場所にいる限り叶わなかった。

自分だけの問題じゃないからだ。

事務所にも迷惑がかかるし、
ユキナリの人生も変えてしまうかも知れない。

「社長…オレ…事務所辞めます。」

「リオ…そんな簡単なことじゃない。

アイドルでも無いし、恋愛禁止とは言わないが…リオの場合はちょっとややこしい。

イメージってのもあるから
この商品に今のリオの恋愛がマッチするとは思えない。

お前は何があっても広告の契約が終わるまで責任持って行動しなきゃいけないだろ?

じゃなきゃ多額の違約金が発生する。

お前には到底払えないし、ウチの事務所の信用問題にも関わる。

とにかく今は彼とは逢うな。

いいか、彼女には納得させるから
この念書にサインしろ。
これからお前の私生活は見張られてると思え。」

今のオレにはそれを突っぱねる権利がなかった。

嫌だと言っても契約に縛られて
今は社長の言いなりになるしかなかった。

念書にはユキナリとは別れ
この先関わらないと書かされサインさせられた。

少し考えさせて欲しいと言ったけど
色々言われて押し切られた。

ユキナリとの未来が崩れてしまう。

「リオ、そんな顔するな。
広告の契約が終わるまでの間だよ。

頼む。わかってくれよ。

ハワイの撮影があるから少し早めに発つといい。
彼にはこっちから話すから
お前はしばらく彼とは会うな。」

サーフィンが出来なくなって何も無かったオレを拾ってくれて、ここまでにしてもらって
何だかんだ社長にはお世話になったし
違約金を払うのはどう考えても今のオレには無理だった。

ユキナリと離れるのは広告の契約が終わるまでだ。

そしたら仕事を辞めて地元に帰ろうと思った。

その後すぐにマネージャーがハワイにオレを連れて行くことになった。

「予定してた日程より少し早いけど今は日本を離れて気持ちを整理するべきだと思う。

リオが辛いのはわかるけど…

社長の言う通りにした方がいい。

スキャダルでダメになったモデルや俳優を何人も見てきたからわかるんだ。」

オレはハワイに行く前にユキナリと仲直りしたかった。

でもそれはもう叶わなかった。

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