叔父一家に家を乗っ取られそうなので、今すぐ結婚したいんです!
「大変だクリス!」

 オーレリアを壁際に残して急いでクリスを探したラルフは、うっかり昔の呼び方で近く主人になる人を呼んでしまったが、その迂闊さにも気づかないほどに焦っていた。

「なに、どうしたの?」

 どうやら腹が減ったらしいクリスは、一人で立食スペースのところにいた。
 これ幸いと皿を持ったままのクリスの腕を引いて、バルコニーに連れ出す。

「ちょっとラルフ?」

 せめて皿を置きたいんだけどとクリスが苦情を言っていたが、ラルフはそれどころではなかった。

(ギルバート様だって? 冗談じゃないぞ!)

 オーレリアが目をつけたのは、よりにもよってギルバートだった。いや、そもそもどうして気づけなかったのか。オーレリアがラルフの次に親しくしているのがギルバートなのだ。彼が候補に上がってもおかしくない。

「で、いったい何? オーレリアと喧嘩でもしたの?」
「それならまだいい」
「喧嘩するよりまずいことって、何?」

 バルコニーに連れ出されたクリスが、皿の上に残っていたローストビーフを口に入れる。

「オーレリアはギルバート様に求婚するつもりなんだ」
「……はい?」

 これにはさすがにクリスも目を丸くして、それから「あちゃー」とフォークを握った手でこつんと額を叩いた。

「なるほど、ギルバートか。オーレリアは鈍いようで実は敏いのかな」
「……どういうことだ?」
「だから、ギルバートは昔からオーレリアが好きだってこと」
「何⁉」

 いっそうまずい展開になって来て、ラルフは焦った。どうしようどうしようと右に左にうろうろしはじめる。

「ギルバートはお前がオーレリアを好きなのを知っていたから、行動を起こすつもりはなかったみたいだけど、あちらから来たら断る理由はないよな」
「どうするんだ!」
「どうするんだってお前、さすがに僕だって想定外だよ」

 クリスはまだ暢気にローストビーフを食べながら、「そうだなあ」と藍色に染まっている空に視線を投げた。

「ギルバートとオーレリアが結婚したら……オーレリアが義理の妹か。それは悪くないような……」
「クリス!」
「あー、悪かった、冗談だ」

 まったく悪い冗談だ。

(ギルバート様が相手なんて、勝てる気がしない……)

 ギルバートは男のラルフから見てもびっくりするくらいの好青年だ。顔よし、性格よし、そして頭もいい。好んで体を動かすことはしないが、あれで運動神経もいいのだ。同じく顔も頭も運動神経もいいクリスは性格に若干難があるので、ギルバートはこの領地一のいい男と言うことになる。太刀打ちできない。
 頭を抱えるラルフの肩を、クリスはフォークの柄の部分でポンと叩いた。

「いいかラルフ、オーレリアがギルバートに求婚してからでは遅い。ギルバートは断らないだろうからな。だから、お前はそれを阻止しつつ、急いでオーレリアに結婚を申し込むんだ。オーレリアにフラれる可能性を考えて二の足踏んでいたら勝負もできずに終わるぞ」
「わかっている!」

 ラルフだって、チャンスを窺っているだけなのだ。まあ、その前に少しでもオーレリアが意識してくれればいいなとも思ってはいるけれど、それを待って他人に奪われたのでは泣きたくても泣けない。

「で、それはそうと、肝心のオーレリアはどうしたんだ?」
「ああ、それなら一人で待たせているけど」

 するとクリスは、これ見よがしなため息をついた。

「馬鹿か君は。オーレリアを一人にしたら、それこそ自由に婚活してくださいと言わんばかりじゃないか。急いで捕まえて来るんだ。今夜、涙で枕を濡らしたくないならな!」
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