閉園間際の恋人たち




ずっと、そばに。
ずっと……

その言葉に、私は一旦は収束していた赤面がぶり返してきそうで、反射的にまた下を向いてしまった。
だって、ずっとそばにだなんて、そんなのまるでプロポーズみたいに聞こえて、でも次の瞬間にはそう思ってしまった自分が厚かましく思えて、恥ずかしさにカッと頬が燃えるように熱くなったのだ。
赤くなったり消えたり、かと思えばまた赤くなるなんて、そんな点滅信号みたいな反応、いい歳した大人なのに恥ずかしい。
けれど何の前置きもしてないせいで、蓮君からはまた不安げな声が落とされた。

「……琴子さん?」

呼ばれても、頬の熱がどうしようもなく上昇中では、顔を上げることは叶わない。
けれど、蓮君は不安色を傷心色に塗り替えてしまったのだ。
細く細く、フッと息を吹きかければ消えてしまいそうに弱々しく。

「そんなに困らせてしまいましたか?俺の気持ちは、琴子さんにとって………迷惑でしかないんですか?」

今にも泣きだしそうなほどに震える声で、頼りなさげな口調。
こんな蓮君ははじめてで、私は言下(げんか)に反論していた。

「そんなことないわ!迷惑だなんて、そんなこと絶対にな………あ」


ガバッと頭を上げた私の真正面には、とんでもなく整った美貌をさらに魅力的に彩る笑みをこれでもかと披露する蓮君が待っていた。
その顔色のどこにも、不安な様子はない。
ましてや傷心だなんて、微塵も連想できなかった。

「……ずるい、騙したの?」

キッと睨むも、蓮君の微笑みが濁ることはなくて。
実際は騙された…とまでは思わないでも、しまった…程度の悔しさは次々と湧き上がってくる。

ふいに、私は蓮君に意外と強引なところがあるというのを思い出した。
いやでもこれは強引というよりも、策士と呼んだ方が似合ってる気もする。
とにかく、私は蓮君のさも傷付いたというような声色にまんまと引っ掛かったのだ。

蓮君はちっとも悪びれることなく、きゅっと、目をもっと細めた。
悔しいけれど、やっぱり目尻のシワも色気があって素敵だった。

「だってこうでもしないと、琴子さん、また俺の顔見てくれないから」
「それは、だって……」
「だって、何ですか?」
「だって……蓮君が、『ずっとそばにいる』なんて言うから……」
「それの何がいけなかったんですか?」
「だって……」
「だって?」

”だって” の早口言葉みたいな応酬に囃し立てられ、うっかりポロリと答えそうになった私は、すんでのところで飲み込んだ。
だって、プロポーズみたいに聞こえた、なんて言えるはずもない。恥ずかしすぎる。

けれど、いい加減私は蓮君の性格を頭に刻むべきだろう。
強引で策士な蓮君が、すんなり引き下がるわけなかったのだ。


「――――琴子さん」

低く呼ぶなり、私の髪の裾に触れてくる蓮君。

「え……?」

こんな理由もない接触ははじめてで、脈が一気に跳ね上がる。
蓮君はいつの間にか真顔に着替えていた。

「自惚れてるわけじゃないけど、琴子さんが俺を嫌ってないのはもうわかってます。俺の存在が迷惑でないことも。もし迷惑なら、いくら大和君のことがあってもこの部屋には入れてくれてませんよね。だから琴子さんは、俺を、好きですよね?」
「―――っ!」

蓮君の指が、私の髪先を小さく小さく揺らす。
そして私に肯定も否定もさせず、髪を撫でながら続けた。

「でも琴子さんが色々考えて、俺の気持ちをなかなか受け入れられないのもわかってるつもりです。だから俺は、琴子さんが心配してることをひとつずつクリアにしていきたい。琴子さんの不安を除いていきたい。そのためには、琴子さんが何を思ってるのかを教えてほしいんです」
「蓮君……」
「だから教えてください。 “だって” の続きは何ですか? 俺が『ずっとそばにいる』と言ったせいで俯いたのは、なぜですか?俺のその言葉のせいで、琴子さんを不安にさせてしまいましたか?」
「違…」
「俺は琴子さんから心配事をなくしたいと思ってるのに、琴子さんに不安ばかりを与えてしまってるんですか?」
「そんなことな…」
「だったら俺は、琴子さんのそばになんていない方がいいのかもしれませんね…」
「違うの、そんな大層なことじゃないの!ただ私が勝手にプロポーズみたいだなって思っただけで、」
「プロポーズ?」
「あ……」

またもや、蓮君に乗せられてしまった。
だが気付いたときにはもう遅くて。
私は蓮君の上手さ(・・・)に白旗をあげるしかなかった。











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