閉園間際の恋人たち




「そうですか、プロポーズ……」

蓮君は満更でもなさそうに繰り返した。

「いやだから、私が勝手に、」
「いいですね、プロポーズ」
「……はい?」
「もしかして今の、”はい” って返事ですか?」
「ちがっ、違うわ。ただ訊き返しただけよ」
「わかってますよ、そんなに顔を真っ赤にさせて全力で否定しなくてもいいじゃないですか」

唇尖らせて拗ねる蓮君。
でもすごく楽しそうだ。
私は焦りと恥ずかしさがどんどん膨れ上がって、体中におかしな汗さえかいているというのに。
二人のコントラストがあまりに激しすぎる。
蓮君はハハハッとひと笑いしたあと、髪に触れていた指先を私の手まで滑らせて

「さすがに琴子さんにプロポーズするときは、もっとちゃんとしますよ」

うっとりと艶を乗せて告げた。

「それに俺の場合、琴子さんだけでなく大和君からもイエスをもらわないといけませんからね」
「な、何言ってるの?まだ付き合ってもないのに」

慌てふためく私に蓮君は平然と手を握り締めてくる。

「言ったじゃないですか。琴子さんは俺に自信を取り戻させてくれた重要人物なんですよ?そんな人と一緒にいられたら、きっと俺はダンスだけじゃなくていろんなことを頑張れる。だからそんな琴子さんと結婚できるなんて、俺にとってはこの上ない願いなんですよ」
「結婚!?」

まったく想定外の方向に話が進んでしまい、思ってた以上のボリュームで蓮君に問い返していた。
すると、よほどうるさかったのか、ソファーで眠っていたはずの大和が「……けっこん……?」と口をモゴモゴさせたのだ。

私は大急ぎで蓮君の手を振りほどき、意識して口角を上げた。

「大和?起きたの?」
「んん……。けっこん、だれ……するの?」

目をこすりながら、ぼんやり覚醒していく大和。
そんな寝ぼけ眼の大和に、蓮君が真っ先に答えた。

「僕と琴ちゃん(・・・・)だよ」
「ちょ、蓮君!」

私の非難を蓮君は ”まあまあ、いいじゃないですか” といった視線で受けかわした。
大和は目覚め切らない頭で考えたのだろう、わずかな間を置いてから、にへっと頬を緩ませたのである。

「琴ちゃんと、レンお兄ちゃん、けっこんしたら………ぼくも、ずっといっしょ……?」
「うん、そうだよ。みんなずっと一緒だよ」

すかさず蓮君が言うと、大和は一旦開きかかっていた目をまた閉じながらふふっと笑った。

「やった……。じゃあ、けっこんしてほしい、なあ……」

そう言い残し、大和はスゥスゥと寝息を奏ではじめた。
けれどその小さな手は、いつの間にか蓮君のシャツを握り込んでいたのだ。
蓮君が軽く腕を上げて、大和の無言のアピールをそっと見せてくる。

「琴子さんからイエスをもらうよりも先に、大和君から大きなイエスをもらってしまいましたね」

本当に嬉しそうにそう言うから、それが冗談なのか本気なのかわからないけど………もう、どっちでもいいと思った。
だって大和も、満足そうな顔をして、安心しきって眠ってるから。

大和は蓮君が遠くに行ってしまうのを怖がっていた。
母親と会えなくなったように、蓮君ともそうなってしまったらどうしようと不安がっていた。
でも、私が蓮君の手を取ったなら、大和からその不安を拭い去ってやることができるかもしれない……


大和のために、誰とも恋愛しないと決めた。
蓮君に惹かれながらも、その想いに蓋をして、頑なに拒否し続けた。
だけど今、蓮君の気持ちを受け入れることが、大和のためになるのだとしたら……?
もう、私がこの恋心を偽る必要も理由も、どこにもないのかもしれない。
むしろ、大和は私と蓮君が一緒にいることを望んでいる。
子供の意見は水よりも変幻自在だけれど、だとしても、今の私には最も大きな後押しとなってくれた。

「蓮君……」

大和に目を落としていた蓮君が、すぐに私を見てくれる。
それだけでもドキリとしてしまうほど、私は彼に恋をしているのだ。

「―――私、蓮君が好きよ。さすがにいきなり結婚の話はちょっとあれだけど、でも私でよかったら、……よろしくお願いします」

まるでジェットコースターのてっぺんにのぼっていく時のようにドキドキして、こんなのまるで十代の学生の頃に戻ったように初心な心境になった気もして、心底恥ずかしかったけれど、言い終わったときの蓮君の顔が泣きそうに幸せそうだったから、なんだかもう自分のことなんてどうでもよくなってしまった。

たった今から、私達は、恋人になったのだ。











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