閉園間際の恋人たち




大和君の前では、恋人よりも ”レンお兄ちゃん” を優先すること。
俺が自身に課したルールである。
この件に関して琴子さんに明確な相談をしたわけではなかったが、俺自身がそうありたいと思っていた。
相談といえば、これから大和君が俺の車に乗る機会も増えるだろうからと、チャイルドシートの購入については琴子さんに尋ねてみた。
琴子さんによると、チャイルドシートが義務付けられてるのは6歳未満らしいが、6歳になった大和君には大人用のシートベルトが着用できる身長になるまでジュニアシートというものを使ってるということだった。
だったらそのジュニアシートを俺の車用に購入しておくと伝えると、琴子さんからは勤務先の幼稚園で卒園生や園児の兄弟姉妹のものをリサイクルしてるので、それを利用してはどうかと提案された。
さすが幼稚園の先生だと感心する一方、琴子さんの倹約家な一面を知って、俺はさらに好きになった。

実は、琴子さんと大和君が二人で住んでるマンションがあまりにもラグジュアリー感があったので、少々戸惑ったりもしたのだ。
何しろあの弁護士資格をいくつも持ってて、どこからどう見てもハイクラスな和倉さんと同じマンションだ。
だが話を聞けば、そのマンションも勤務先の上司から借りてるらしく、普段の生活は質素倹約を心掛けてるのだという。
それを聞いた俺は、より一層琴子さんを好きだなと思った。


こうしてどんどん累積されていくばかりの琴子さんへの想いは、当然ながら、隠しきれなくなっていった。
特に、いつも一緒にいる時生は俺の変化に真っ先に気付いた。

「琴子さんと、何かあったのか?」

琴子さんと恋人になってから一週間と経たないうちに、時生から詰問されてしまったのだ。
本来なら、こいつには俺から報告という形で知らせるべきだったのかもしれない。
だが、明莉とあの夜の公園以来妙にぎくしゃくしてしまって、なんとなく、明莉には打ち明けないのに時生にだけというのは気が引けたのだ。
だから夏のパレードの早朝リハに向かう途中、時生から切り出されると、どこかホッとしてる俺もいた。

「ああ。……付き合うことになった」

言葉を選ぶつもりが、そうとしか言いようがなかった。
時生は瞼がヒクリと動いたものの、

「そうか……」

と答えたときにはいつものようにクールな時生だった。

「あの人は、俺にとっても大切な人なんだ」
「わかってる」
「不誠実なことはするなよ」
「当り前だろ」
「絶対に、傷付けるな」
「泣かせるな、とは言わないのか?」
「……あの人は、泣いてもまた笑える強さがある人だ。泣くようなことがあっても、それをバネにして前に進める人だ」

時生はやけにきっぱりと断言した。
動かない表情のままで。
もしかしてこいつも琴子さんの事情を知ってるのか……?
にわかに心を構えるも、やがて時生はフッと顔つきを和らげた。

「そう怖い顔をするな。何があったのかまでは聞いてないよ。ただ、彼女に何かが(・・・)あったのは知っている。おそらく、とても悲しい何か(・・)。でもだから、お前に泣かせるなと釘は刺さない。だってもしお前が琴子さんを泣かせても、きっと琴子さんはお前のことなんかグググッと踏み込んでバネにするだろうからな」
「……なんだよそれ」

苦々しく返した俺に、時生はハッと笑う。
そして、目の前に同僚の姿が見えてくると、この話題の幕を下ろす合図とばかりに、軽やかに言った。

「蓮、おめでとう。よかったな」


親友の祝福は、早朝の清々しさにも負けないほど、爽やかで心地よかった。











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