閉園間際の恋人たち




そうして、とにかく必死に琴子さんを求めた俺に、琴子さんも頷いてくれたのである。
もう少し時間がかかるかと思われたものの、大和君のことがあってイレギュラーな形で琴子さんの部屋に入れてもらえた俺は、この契機を逃すまいと畳み掛けるように想いを訴えたのだ。
それが功を奏したのか定かではないが、俺はずっと願い続けた琴子さんの恋人という立場を得られたわけで、それはもう絶対に離すつもりなかった。


『―――私、蓮君が好きよ』
『私でよかったら、……よろしくお願いします』


その言葉は、甘い劇薬みたいに、俺の感覚を麻痺させていくようだった。
少し照れた、上気させた頬は、いつも年上然としてる琴子さんをまるで年下のようにも思わせて、俺を魅了して止まなかった。
そうなると、当然、恋人としての欲も出てくるわけで、俺はごく自然に、琴子さんを抱き寄せていた。
そして息が触れ合うほどに近付き、彼女の澄んだ瞳に俺が映っているのを見たとたん、俺だけでなく琴子さんも確かにその時(・・・)を期待しているのだと感じた。
だが、どちらからともなく目が伏せられて、唇に体温の気配が被さりかけたそのとき、俺の後ろで大和君が『んー…』と寝返りを打ったのだ。

俺も琴子さんも、一気に酔いが醒めたようにビクッと体を離した。
大和君は眠ったままだったけれど、俺達を包んでいた恋人の雰囲気は霧散していて、もう搔き集めるのは不可能だった。
二人してばつが悪いとか、苦笑いとか、微妙な面映ゆさを浮かべるしかなくて、その結果、俺はお茶を一杯ご馳走になっただけで、はじめての琴子さんの部屋を後にしたのだった。


危うく、大和君の前で琴子さんにキスしてしまうところだった……

夏の夜風に煽られながらの帰宅途中、猛省したのは言うまでもない。
琴子さんと恋人になって一時間と経たないうちに、俺は自分の理性との闘いをスタートさせなければならなかった。
いくら琴子さんから好きだと告げられたとはいえ、大和君のいるところでそういうこと(・・・・・・)はいただけない。
きっと琴子さんも同じように考えたから、あの時すぐに俺から離れたのだろうし……
……だけど、あの時大和君が寝返りを打たなかったら、俺達はあのままはじめてのキスを迎えていたのだろうか?
何度もそんなことを思い返しては、ちょっとだけ惜しかったななんて悔やんで、また自己嫌悪…の繰り返しだった。

もう29で恋愛経験がないわけでもないのに、小さな子供がいる相手に恋するのははじめてで、いささか勝手がわからないというのが正直なところで。
でも琴子さんが何よりも大和君を大切にしてるのは理解してるので、俺もそのつもりでいなければならない。
それが彼女の恋人の最低条件なのだろうから。
……わかってる。それはじゅうぶんわかってるんだ。
だけど、琴子さんを抱き寄せたときに鼻先をくすぐった匂いとか、唇に感じた気配とか、そのすべてが俺を甘く誘ってくるのだから仕方ない。
だって、こんなに好きになった人、きっとはじめただから。

俺は琴子さんへの想いが高まり続けるのを感じながらも、同時に、理性の手綱をずっと握り続けてなければならない無情の必要性に、眩暈を覚えたのだった。











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