閉園間際の恋人たち
やがて琴子さん達三人は食事を終え、遅い時間になる前に店を出た。
明莉さんと大和君を送りたい気持ちもあったのだが、同じマンションに住む和倉さんがいるし、明莉にももう少し話したいことがあったので、その役目は和倉さんに任せることにした。
「帰ったら電話します」
誰にも聞かれぬようこそっと耳打ちすると、琴子さんはくすぐったそうに肩をよじり、こくんと頷いた。
その際、露になったうなじに色気を感じてしまい、ほのかに欲が熱されてしまう。
こんなとこで何考えてんだと理性を握りしめながらも、もし二人きりだったらその細い首に激しくキスしてたに違いないと、自分の本心に素直にもなりたくなった。
そんなこと、誰にも言うつもりはないけど。
そして琴子さん達が帰り、もとの三人になると、時生が手洗いに立った。
その隙を狙っていたのだろう、今度は明莉が、俺にないしょ話をするように顔を近寄せてきて。
「一つだけ言っといてあげる。身近な人間だからって、気をゆるめちゃだめよ?初恋をこじらせた人間は厄介だから」
「……は?」
「意味がわからないならそれでもいいわ。でも、秋山さんのことで嫌な態度しちゃったから、そのお詫びの忠告」
明莉は体を戻して飲み物に手を付けた。
「お詫びが忠告って、ずいぶんだな」
「わかってるわよ。今度機会があれば秋山さんにもちゃんと謝るわよ」
俺の苦笑いに苦笑いを跳ね返される。
だが琴子さんにはもう明莉の謝罪は必要ないようにも思えた。
さっきの明莉の様子を見て、それでもう水に流してくれた様子だったから。
もちろん、明莉が謝りたいというならそれは止めないけれど。
「……それなら、あとで電話したときに俺が伝えておくけど?」
「まあそれでもいいけど、秋山さん、怒ってたりしない?」
「まさか。あんな優しい人がそんなことで怒るわけないだろ」
「あらまあ、惚気られちゃった」
「悪いか?」
「別に悪くはないけど。でも……蓮が幸せならそれでいいわ」
「なんだよそれ」
「うるさいわね。失恋相手の幸せを願えるほど、私がいい女に成長したってことでしょ?」
「だからお前は失恋したわけじゃないだろ?」
「いいのよそんなことどうでも」
「どうでもって……」
やれやれと頬杖ついた俺に、明莉は悟りきった面差しで告げたのだ。
「本当に、もういいのよ。私の気持ちが恋心だったのか恋になる手前の憧れだったのかは、誰にも正解はわからないんだから。でもそのおかげで、心のもっと底にあった夢を引き上げることができたわ。ありがとう」
「礼なら時生に言ってやれ。今日俺とお前を呼んだのはあいつだからな」
「俺が何だって?」
タイミングよく戻ってきた時生に、明莉は礼を言うどころか、ニヤッとほくそ笑む。
「なんでもないわ。ただ、初恋は実らないって話をしてただけ」
時生は「なんだそれ」と微塵も取り合わなかったが、明莉のこのセリフを俺は
覚えておかなければならなかったのだろう。
だがこの時は、琴子さんという好きで仕方ない人を得られた幸せが大きすぎて、そんなことは記憶の引き出しにしまいこんでしまったのだった。