閉園間際の恋人たち




思考のみではなく、まるで時計まで凍て付いてしまったかのように、私は呼吸さえ失おうとしていた。
けれど、

「………それが、笹森さんとどう関係あるというんですか?」

おかしな沈黙を作らぬよう、潤いを失った口をかろうじて動かした。
こちらの動揺は、絶対に二人に悟られてはならないのだ。
何がきっかけとなって綻びに繋がるのかわからないのだから。

すると和倉さんが再度「琴子ちゃん、今日は強いね」とクッションを入れてきた。
どうにか怪しまれずに済んだようだ。
ただ笹森さんはまだその話題(・・・・)を手放そうとはしなかった。

「和倉、今は茶化さないでくれよ。―――琴子。確かに今の君達の生活に俺は関係ないのだろう。だけどさっきも言ったように、俺にとって琴子は今も大切な人なんだ。だからもし、大和君の父親代わりになる人がいないのなら、俺を頼ってほしいし、力になりたいと思ってる。琴子が望む望まないにかかわらず、大和君のために(・・・・・・・)俺の立場や持ってる物が役に立つことだってあるだろう?」

笹森さんの言い方に、ギクリと身が竦んだ。
私の望みにかかわらず大和のために――――
その文言が、頭の中心の中にまとわりついてくるようだった。

私のためではなく、大和のために。
私ではなく、大和の。
私よりも、大和を……

返事を忘れて笹森さんを見つめる私は、呆然としていたかもしれない。
笹森さんはすぐさま「琴子?どうかした?」と心配げに二、三度私の顔の前で手のひらを振ってみせた。

「………いえ、……いいえ、何でもないです。失礼しました」

姿勢を正して取り繕った私だったが、ハハッと笑い声がある。和倉さんだ。

「『失礼しました』なんて、なんか他人行儀だね。琴子ちゃん、相手は笹森だよ?そんなに堅苦しくなくていいんだよ」

またもや軽い口調で空気の流れを変えてくれた和倉さんに、この時は私も感謝した。
そして笹森さんもこれ以上のシリアス色は望んでいなかったのか、和倉さんに乗り被さるかたちで顔つきを和らげて。

「まあ、そういうことだから、一応連絡先を渡しておくよ」

そう言いながら、すっとテーブルに名刺を滑らせた。

「裏にプライベートの番号も書いてあるから。昔と変わってないけど、一応念のため」

暗に私が自分の連絡先を消去してる恐れを匂わされて、その返答には躊躇ってしまう。
私の反応をどうとらえたのか、笹森さんはフッと短く息で微笑んだ。

「まあ確かに琴子には優しいご両親もいらっしゃるし、俺の出番はないのかもしれないけど。ご両親はお変わりない?」
「はい、おかげさまで…」

私の両親とも面識のある笹森さんは、懐かしむように目を細めた。

「そう。じゃあ、工藤さんは?」
「え……」
「工藤さんみたいなしっかりしてる人が親友だったら、きっと大和君のことも色々手伝ってくれてるんだろう?」
「それ、は……」

笹森さんから理恵の名前が出されたことに、今日何度目かの狼狽えが走った。

「実は工藤さんがうちを辞めたのを知ったのは辞めてからずいぶん経った後だったんだ。だからその時は何も話せなかったし、連絡先も変わってるみたいで今どうしてるのかも知らないから、久しぶりに会ってみたいけど…忙しいのかな?」
「それは…………すみません、ちょっと……わかりません……」

それ以外に答えようがなかった。
理恵は自分の死去を元の会社関係の人には知らせないでほしいと言っていたのだから。











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