閉園間際の恋人たち





それに、果たして笹森さんは、本当に、ただ純粋に、長い間会ってないからとそれだけで、今理恵に会ってみたいと告げたのだろうか。
もし、それだけじゃなく他に何らかの意図があるのだとしたら……?

私は今日の目的を思い出し、無意識のうちにごくりと唾を飲んでいた。
――――いや、そんなはずはない。
だって今日、笹森さんは微塵もそんな真似を見せなかったのだから。
でもそれが、すべて彼の計算だったら……?

……そんなことない、大丈夫、きっと大丈夫。
自分に言い聞かせていた私を助けてくれたのは、またしても和倉さんの冗談めいた一言だった。


「なんだよ笹森、俺には名刺なんてくれなかったくせに」
「なんでお前にやらなきゃいけないんだよ」
「冷たいなあ。あ、だったら俺の名刺も琴子ちゃんに渡しておこうかな。ちょっと前に事務所のアドレスが変わったんだよね。……はい、琴子ちゃん、どうぞ」
「そうだったんですか?わざわざありがとうございます」

笹森さんの名刺と和倉さんの名刺が並べられたが、私が先に手に取ったのは和倉さんの方だった。

「ああ本当だ。和倉さん専用に作られたんですね」
「そうそう。個人案件も増やしていくことになったからね……って、おい笹森、なんだその顔は。怖いぞ?」

私ににこやかに話していた和倉さんがくるりと横向き笹森さんにしかめっ面をする。
つられて私も見上げると、笹森さんは私が握る和倉さんの名刺をじっと見据えていた。

「俺の名刺よりも先に和倉のを受け取るなんて、二人はずいぶん仲が良いんだな」
「なんだよ、くだらない嫉妬かよ」
「くだらなくなんかないぞ。琴子は俺の婚約者だったんだから」
()な。今はお前よりもご近所さんの俺の方がよっぽど琴子ちゃんに近い距離にいるんだよ。ざまあみろ」

二人のやり取りがあまりにも気安いものだから深刻度なんてほとんどなかったけれど、なかなかに濃い内容を投げ合っているようにも聞こえてしまう。
私はこそっと和倉さんの名刺を膝の上に隠すように置いた。

付き合っていた頃も笹森さんはいつも私への想いは隠さなかったし、周囲に対しこんな風に嫉妬を混ぜた揶揄いなんかもよくしていた。
それを懐かしいと思ってしまうのは、蓮君への裏切りではないと信じたいけれど。
そして、今の二人の会話の空気感からは、私が思っていた以上に彼らの関係が親密だということも思い知った。
つまり、和倉さんが知り得た情報はすべて笹森さんに流れたとしても不思議はないということだ。

私は今一度、もう一度改めて、くっきりはっきりと、気を引き締め直したのだった。







その後食事会はつつがなく終了し、お開きとなった。
笹森さんは私を送ると申し出たけれど、タイミングが良いのか悪いのか、仕事関係の電話がかかってきたので、その役は和倉さんが引き受けてくれた。
といっても、同じマンションに帰るだけのことだが。

和倉さんはアルコールを口にしていたので、私達はタクシーで帰ることにした。
緊張続きの今夜は混雑してる電車に乗るのも疲れそうだと思っていたので、和倉さんの選択は助かった。

タクシーはホテルを離れ、夜の賑やかな街を車窓に流しながら進んでいった。
以前笹森さんと訪れていたときは必ず笹森さんの車で送り迎えしてもらっていたので、考えてみるとこのホテルからタクシーに乗車したのははじめてだった。
そんな過ぎ去りし日をぼんやり思い浮かべていると、隣の和倉さんが配慮あるボリュームで尋ねてきた。


「やっぱり、北浦君のことは秘密なのかい?」










< 161 / 340 >

この作品をシェア

pagetop