閉園間際の恋人たち




初対面ではあるが、俺のことを知っている口ぶりが引っ掛かる。
と言いながらも、俺もこのレイラというモデルのことはよく知っていた。


「お疲れさまです。仰る通り、俺は北浦 蓮といいますが、何か?」

彼女は慣れない撮影のせいか、ほんの少しばかり辺りをきょろきょろしながら俺の隣に腰掛けた。
そして軽く頭を下げて。

「はじめまして。レイラと申します」

人気者にありがちな、自分のことを知ってて当然、といった態度が微塵もない彼女に、俺は好感を覚えた。
いや、彼女に関してはそれなりに人となりは聞かされていたのだけど。
もう長い間ずっと、家族から。


「存じ上げております。いつもお世話になっております」

今度は俺が頭を下げる番だった。
すると彼女はとても驚いた顔をしたのだ。

「ご存じだったんですか?」
「ええ、まあ、一応は」
「そうでしたか……。私が ”the Key” さんでお世話になりはじめたのはあなたが家を出られた後でしたので、私のことを知ってくださってるとは思いませんでした」

周囲には聞かれないよう小声で、そして若干言いにくそうに彼女は告げてくる。

「父とは疎遠ですが、母や兄とは普通に連絡を取り合ってますので」
「ああそうですよね。不快に思われたのなら、失礼しました」
「いえ……。それで、俺に何か?」

実家の会社が長年イメージキャラクターとして契約しているのだから、彼女からしてみれば社長の息子に会っておいて挨拶なしはあり得ない……俺に声をかけてきたのはそういうことだろう。
アパレルとエンタメは業界的にも繋がりは濃い方なので、FANDAK(ファンダック)で何か撮影に参加した際、そのスタッフや演者から実家のことで声をかけられることも度々はあった。
だが今回の相手はいつも以上に俺の実家と深い関りがある人物ゆえ、多少の警戒心が疼きだしていた。


「いえ、特に何か用があったわけではないのですが、ご挨拶させていただきたくて」
「そうですか」
「私と話をするのはご迷惑でしょうか?」
「なぜそんなことを?」
「北浦さんは、ご実家のお仕事があまりお好きではないと伺っておりましたので。ご実家と長く仕事をさせていただいてる私とはあまり話されたくはないのかと」
「誰がそんなことを…」

つい眉間に皺をつくってしまう。

「北浦社長です」
「父ですか……」

ああなるほど…と、眉間の皺が苦笑に溶けていった。

「だったらそれは訂正しておきます。俺は家を出ましたし父ともあまり連絡は取っていませんが、"the Key" は大好きですよ。生まれてからずっと、今も愛用してますから。ダンスと出会わなければおそらく父や兄を手伝っていたでしょう。そうしたらあなたとももっと以前からの知り合いだったかもしれませんね」

自分から積極的にアパレルメーカー ”the Key” の創業者一族だと名乗ったことは一度もないが、それでもほぼ毎日、何かしらのアイテムは身に着けている。
それはレッグウェアだったり、インナーだったり、表に見えなくても、俺にとってはそれが日常だったからだ。
俺が実家を飛び出して好きなことをしているからといって、そこを誤って捉えられるのは不服でしかない。
ところが彼女は何を思ったのか、クスクス笑い出したのだ。

「笑われるようなことを言いましたか?」
「いえ、すみません。北浦社長も同じようなことを仰ってたものですから」
「父が?……何を言ったんですか?」
「あいつは昔っから "the Key" の服ばかり着ていた、ダンスと出会わなかったら跡を継いでいた……と」
「父が……そうですか」
「”the Key” のことは好きなくせに実家の仕事には興味がないらしい……とも仰ってましたね」

大事なイメージモデルにいったい何を吹き込んでるんだと、俺は相槌の代わりにため息がこぼれていた。
打って変わって彼女の方は舌の滑りがよくなったのか、父の話題を続けてきた。

「ですが北浦社長、あなたが大学で経営を学ばれたことはとても喜んでらっしゃいましたよ?」
「え……?」
「それから、大学やインターンで学んだことは、きっと今もまだ有効(・・・・・・)なはずだ……とも仰ってました」

突如として、単なる世間話ではなくなった。
やけに含みを持たせた言い草に、俺の声も低くなる。

「……父に何か頼まれましたか」
「まさか。完全に私の独断です」

威嚇じみた詰問にも、彼女はまったく動じなかった。
さらには、大勢を魅了して止まない微笑を浮かべて言ったのだ。

「あなたのお誕生日が来る前に(・・・・・・・・・)、ぜひお伝えしておきたかっただけですよ。北浦社長のお気持ちを。だって私、あなたに負けないくらい ”the Key” の大ファンなんですもの」


その説明に裏があるのかないのか知らないが、ただ彼女がもたらしたものは決して小さくはなかった。
ダンサーとしての自分、
キャリア、
琴子さん、
琴子さんの元婚約者である笹森氏、
大和君の父親、
そして、まもなく訪れる30の誕生日……
それらが複雑に絡まってせめぎ合っている俺にとっては、聞き流すことはできなかったのだ。












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