閉園間際の恋人たち




こういうとき、一番に顔が浮かぶのはやっぱり琴子さんだった。
どんなに整理つかない考えが渦巻いても、琴子さんへの想いだけは惑わされたくなかったのだ。
ただそれが強すぎたのか、休憩が終わり、ロケに戻っても、俺はまだ仕事に意識を切り替えられずにいた。





あの日、パレードの特別観賞エリアで見つけた琴子さんと大和君は対照的な様子だった。
大和君は俺を見つけて大喜びしてくれたけど、琴子さんとは一度も目が合うことがなかったのだ。
琴子さんは一度も、俺を直接見ようとはしなかった。
その様子は明らかにおかしかったが、パレード中の俺にはどうすることもできず心配を募らせるばかりだった。
だが琴子さんの近くに見知った観客がいることに気付くと、無性に嫌な予感がしたのだ。
彼女達は、俺の激しめのファン達だったから。

確か琴子さんが怪我をしたあのときのパレードの観客の中にもいたはずだ。
全員の名前と顔が一致してるわけではないものの、おそらくは俺のプライベートに関する内容のファンレターを度々送ってきた数名も、特別観賞エリアの周囲にいたような気がした。

彼女達の存在と琴子さんの様子がおかしいのは何か関係しているのかもしれない。

その恐れが浮かんだ刹那、居ても立ってもいられなくなってしまった。
本来ならパレードに集中すべきなのに、本心ではそれどころではなかったのだ。
すぐにでも琴子さんのもとへ駆け付けたい。何があったのかと問い質したい。何かあったのなら俺が守るからと告げて安心してもらいたい。
抱きしめたい。すぐに。強く強く。

よく振付が飛ばなかったと自分でも驚くほど、俺の気持ちは完全に仕事よりも琴子さんでいっぱいになった。
それでもさすがにパレードを抜け出すことはできず、どうにか最後まではやりきった。
だが琴子さんの異変は俺とパートナーだった明莉も感じていたようで、

「琴子さん、どうかしたの?」

バックに戻るなり、小声で訊いてきたのだ。
そして立て続けに、俺達とは別パートのポジションだった時生も「琴子さん大丈夫か?」と憂い顔で声をかけてきて。
特に時生は俺を悩ませている一部のファンの顔を把握しているので、彼女達が琴子さんの近くにいたことも目撃済みだったのだ。
二人が気にかけてきたことでさらに心配色を深めた俺は、ミーティングが終わるとすぐさま琴子さんに連絡した。

だが電話はまったく繋がらなかった。
電話だけでなくメールもアプリも何もかも返信がなく、俺は琴子さんに何かあったのではと焦りに焦っていた。
予定では夜もFANDAKで食事して帰ると聞いていたから、まだ園内にはいるはずだ。それとも何か予定外のことが起こって、二人はもう外に出たのだろうか。
ただ想像して不安を掻き立てるしかない状況の俺に、夜のパレードに調整が入ったという知らせをいち早く持って来てくれたのは明莉だった。

「シフト変わってもらいなよ。で、琴子さんに会いに行ったら?」

俺が考えていたことを先に言われてしまったが、明莉に促される形で俺は早めにあがり、琴子さんのマンションに向かうことにしたのである。


そしてその途中、マンション近くで琴子さんを見かけた。
琴子さんに怪我や体調不良があったわけではなかったと安堵するも、彼女のそばには大和君の姿がなく、代わりに見知らぬ長身の男が親しげに寄り添っていたのだった。










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