閉園間際の恋人たち





《蓮君が!?どうして蓮君が笹森さんと一緒にいるんですか?》

当然ながら琴子さんは吃驚の声をあげる。
さっき笹森氏に驚いたときよりも大きなリアクションだった。
だがそれに優越感を覚えている場合ではない。
いったい笹森氏は何を考えてるんだ?
俺が今ここにいることを琴子さんに知らせてどうするつもりなんだ?
しかしそれを問うよりも早く、モニターの中から琴子さんが俺を呼んだのだ。

《蓮君?そこにいるの?》

琴子さんにはこちらが見えていないはずなのに、画面越しに目が合ってるような感覚がした。

《……蓮君?》

返事を躊躇した俺も、二度目の不安を含んだ呼びかけには腹を括るしかなかった。


「……はい」
《どうして蓮君がそこにいるの?》
「それは、」
「北浦君は俺に何か話があるそうだよ」

俺から回答権を奪った笹森氏は、高らかに意味深な返事を聞かせた。

《話って、蓮君、いったい何の話?》
「詳しいことは琴子もここに来て、本人に直接会って訊いたらいいんじゃないかな?じゃあ、開けるよ?」

笹森氏は今の状況下で不似合いなほど穏やかに言うと、勝手にオートロックを解錠して通話を切ってしまった。



「笹森さん!どうして琴子さんを呼んだりするんですか!?」
「いけなかったかい?だってきみは、琴子や大和君のことを俺に話したかったんだろう?だったら、本人が立ち会った方がいいじゃないか」
「何言ってるんですか!琴子さんに知られないためにわざわざ和倉さんにお願いしたんです」

今にも叫んで責め立てたいところをなけなしの理性で抑えてはみたが、批判的な口調は隠せない。
だが笹森氏は平然と至って普通の温度で反論してきたのだ。

「だってきみ、琴子のことを諦めるつもりなんじゃないのかい?」
「え………?」
「だから俺にあんなことを質問したのだろう?今すぐどうこうするつもりでなくとも、少なくともそういう選択も有り得ると思っている。違うかい?俺はそう感じたよ。何があったのかは知らないけど、それ以外に、きみが俺に大和君のことを好きかどうか尋ねる目的が見当たらないからね」

あまりに的確な指摘に、俺は言葉を見失ってしまう。

「だったら、琴子の元婚約者におかしな探りを入れたりせず、今日ここで琴子本人に直接訊きたいことを訊いて、決着つければいい。その結果、もし本当にきみが琴子を諦めるのなら、俺はすぐにでも彼女にプロポーズするよ。もちろん、大和君のことも自分の子供と思って大切にするつもりだ」

笹森氏は俺が言い返さないうちに、一気に想いをぶちまけた。


「――――きみは本当に、琴子を諦められるのかい?」


琴子さんを、諦める………
一旦はその選択肢を思い浮かべていたはずなのに、具体性が増してくるととたんに怖くなる。
覚悟はしていたはずなのに。
でも今ならまだ、その選択肢を塗り潰すことも可能だろうか。
琴子さんには何も言わず、琴子さんから聞いた大和君の父親のことも聞かなかったことにして、何もなかったかのように恋人に戻ればいい。
取り返しのつかなくなる前に、別の選択をすればいいだけのことだ。

だけどもし、このまま琴子さんと付き合い続けて、琴子さんに惹かれ続けていくと、もうその手を離すことはできなくなるかもしれない。
今ならまだ……大和君が本当の父親と一緒に幸せになるためだと思えば、その選択(・・・・)もできる。
これ以上好きになって、取り返しのつかなくなる前に、その選択を………


だけれど俺の迷いを急かすように、インターホンが無情な叫びをあげたのだった。










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