閉園間際の恋人たち




《――っ!?………笹森さん、ですか?》

モニターからは琴子さんの驚いた返事が聞こえてくる。
するとそれに応じるように和倉さんが身を捩ったせいで、四角い画面には琴子さんの姿も映し出された。
仕事帰りのような服装だったが、大和君の気配は感じなかった。

《そうなんだ、ちょうどあいつがうちに来てたんだよ》
《そうなんですか…》

和倉さんの方は笹森氏のことを適当に誤魔化そうとしたがってるような印象だった。
だが何を思ったのか、当の笹森氏がそれを拒否したのである。

「琴子は仕事帰りかい?」

まるで立ち話でもしてるような気安さで、会話を続けようとした。

《ええ、そうです》
「こんな遅くまでお疲れさま」
《……ありがとうございます》
「ところで大和君は?一緒じゃないのかい?」

その名前が飛び出たとたん、琴子さんがわずかにたじろいだのがわかった。
だめですよ、琴子さん。
そんなあからさまな挙動をしていたら、目聡い笹森さんには勘付かれてしまうかもしれませんよ。
俺は内心で注意喚起しながらも、懸命に自分の存在感は押し殺していた。
俺がここにいることは琴子さんに知られるわけにはいかないのだから。


《…今日は懇親会があったので、実家にお願いしてあります》

別に正直に答える義務なんかないのに、琴子さんは詳細を説明した。
おそらく事実なのだろう。
そう思ったら、なぜか俺の胃がキュッと収縮するような痛みが走った。
今日懇親会があるだなんて、俺は知らなかった。

「そうなんだ?ああ、じゃあちょうど今、以前お母様がお好きだと仰ってたメーカーの新作茶葉があるんだけど、大和君を迎えに行く時にお土産に持って行かないかい?仕事で頂いたもので申し訳ないけど」

笹森氏の口ぶりでは、彼が琴子さんのご両親とも親しい関係性だったと窺えて、俺の胃がまたさらにキュッとした。
だが、

《いえ、お気持ちだけ頂戴します》

琴子さんからは明確な否定が示された。
それを聞いて俺は胃だけでなく全身でホッと息がつけた。
さすがに笹森氏と会うことは避けてくれたのだから。
ところが、胸を撫で下ろした俺をせせら笑うわけではないが、それに近い様相で、笹森氏が琴子さんに言ったのだ。


「それなら、北浦君に渡しておくよ。ちょうど今ここにいるから」











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