閉園間際の恋人たち
「琴子さん、体は冷えてませんか?」
部屋に戻って最初に蓮君の言ったセリフがそれだった。
「すみません、俺、自分が夢中になってしまって、琴子さんに上着を渡す余裕がありませんでした……」
申し訳なさいっぱいに謝られても、夢中度合いでいえば私だってまったく同じだ。
私はにっこり笑い返した。
「大丈夫、気にしないで。私もパレードにすっかり見入ってて、寒さなんて全然感じなかったから」
嘘ではない。それほどに、さきほどの光の競演は素晴らしかったのだから。
「本当ですか?」
「もちろん。それより、パレード、すごかったね。私、きっと一生このことを忘れないよ」
「俺もです」
蓮君は繋ぎっぱなしだった私の手を軽く引き、ソファにエスコートした。
そして私だけを座らせると、「少し待っててください」と告げ、クローゼットに向かう。
間もなく戻ってきた蓮君の手には、思わずドキリとしてしまいそうな物が握られていた。
小さくて四角い、見るからに、そんな雰囲気のあるボックス……
私が思わずその小さなボックスに視線を泳がせてしまうと、蓮君はちょっと苦笑のような息をこぼした。
「ばればれですよね……。でも、ちゃんとさせてください」
そう前置きすると、蓮君は今度は苦笑ではなくて、気持ちを整えるような深呼吸をした。
それから、ゆっくりと私の前に跪いていって――――
「琴子さん。俺達はまだ知り合って一年にも満たない、恋人歴のまだまだ短い関係です。でも俺は、この先の人生を、ずっと一緒に、琴子さんと、それから大和君と一緒に、ずっと生きていきたいと思ってます。琴子さんが自分の体のことや、過去に恋愛で負った傷のせいで、ずっと悩んでいたのは忘れていません。だからこの先、もしかしたらその悩みが再燃することがあるかもしれないし、それ以外にも俺達二人にはいろんな問題が起こるかもしれない。だけど俺は、これから起こる全部の悩みを、琴子さんと一緒に悩みたいんです。だからこの先、琴子さんにどんなことがあっても、どんな琴子さんを知ったとしても、俺の琴子さんへの気持ちは変わりません。絶対に。例え海を越えて遠く離れて暮らすことになっても、俺の気持ちは、琴子さんのそばにあります」
意志のこもった瞳で見上げられて、私は全身の奥底からどんどん感情の波が押し上がってきて。
今にも震え出しそうで。
蓮君は一秒たりとも私から目を離さずに。
真剣な眼差しで私をとらえたまま、手にしていたボックスを私に差し出して。
音もなく、開かれるボックス。
そこには、さっきのパレードほどの数ではないけれど、それでもキラキラと輝く小さなダイヤが施された、愛らしい指輪が…………
「蓮、君……」
そう呟くのがやっとだった。
そのあとはぎゅっと唇を閉じていなければ、言葉にならない感情が一気にあふれ出てしまいそうで。
「ちゃんとしたのは、ニューヨークから戻ってきたときさせてください。でも、今夜関係を深める前に、どうしても伝えておきたいんです」
蓮君はボックスから指輪を抜いて、私の左手を取って。
「琴子さんは関係を深めることに不安を感じていたようですけど、俺は、今夜どんな琴子さんを知っても、あなたを愛しています。だからどうか、俺に、未来の約束をください。――――――結婚してください」