閉園間際の恋人たち





蓮君が私に差し出した指輪に、私はとうとう感情の手綱を手放してしまった。


「琴子さん…………。琴子さん、そんなに泣かないで………」

蓮君の優しい指先が、そっと私の頬に伸ばされる。
その温もりに、私の肌はもういい加減慣れてもいい頃なのに、また新しい感覚がしたりして、蓮君は私にいつも新鮮な感情を運んでくれるのだ。
この指輪を見たときだって、私は、驚きや嬉しさだけじゃなくて、もっとたくさんの深い想いが湧き上がってたまらなくなったのだから。


「だって蓮君、この指輪…………」

声が上擦ってしまう。

「時間がなかったなんて言い訳になりませんけど、ちゃんとした(・・・・・・)のは、ちゃんとした(・・・・・・)時に用意しますから、今日はひとまず、この指輪を受け取ってください」
「そうじゃない、そうじゃなくて………」
「そうじゃなくて?」
「だってこれ、ファンディーの指輪だし、しかも裏側に………」

それは、私が今日スーベニアショップで見かけたものとよく似ていたのだ。
FANDAKのキャラクター達が繊細にデザインされていて、大人が日常的に身につけても違和感のないデザイン。
そして蓮君がボックスから抜いて私に向けたことで、そのリングの内側がはっきりと見えた。
そこには、表のダイヤとは違い、緑色の石が嵌め込まれていて。
おそらくその緑色は――――


「5月の誕生石って、エメラルドなんですよね?」

俺は全然知りませんでしたけど、琴子さんは知ってたんですね。
蓮君が私の涙を拭いながら笑った。

5月は、私の誕生月でも蓮君の誕生月でもなくて………

「大和も、一緒に……?」
「もちろん、と言いたいところなんですけど、そんな気の利いたことではないんです。琴子さんが不安に思うように、俺も自分が琴子さんに相応しいのか不安になる時があって……、だから、リングの内側に埋めるパワーストーンや誕生石を選べると聞いて、真っ先に大和君のを入れてもらおうと考えたんです。大和君にパワーをもらおうと思って。そうしたら、今日のプロポーズも上手くいくんじゃないかって。だから、琴子さん――――」

私の頬を撫でていた蓮君の指が、また左手に戻ってくる。
蓮君はファンディーの指輪を私によく見せて。

「――――この指輪を、あなたの薬指に嵌めてもいいですか?」


私はあふれてくる涙を右手ですくい取りながら、コクコクと頷いた。
すると蓮君はすぐさま私の左薬指に指輪を差し入れ、その上に封をするように口づけを落とした。
それから私の右手も取って、優しく握ったかと思えば、次の瞬間には下から突き上げるようなキスをしてきたのだ。

「―――っ!」

これまでのどんなキスよりも熱く、どんな触れ合いよりも湿りを感じた。
ついさっきまで指輪を持っていた手が私の後頭部に回されて、その指の腹で私の髪に分け入っていく。
たったそれだけのことなのに、いとも容易く煽られてしまう私がいた。
呆気なく体の芯には火照りを受け、角度を変えながら続くキスは深くなっていくばかりで。


「琴子さん、琴子さん………」

口づけの合間に呼ばれる名前が、次第に濡れていくように感じてしまうのは、私が彼を求めているせいだろうか。

「ん………。蓮くん……蓮………」

自分の声だって相当に艶をまとっていると気付いても、不思議と恥ずかしさなんて浮かばなかった。
ただそれよりも、蓮君にまだ大切なことを伝えられていないのだと思い出し、息が上がってしまう前にと、蓮君の唇を手のひらで止めた。

「―――?」

何事かと憂いの目つきをした蓮君に、今度は私からのキスをした。
触れるだけの軽いものを。”心配しないで” という気持ちで。
それから、蓮君の両頬に手を添えて、しっかりと目と目を合わせて。

「蓮君。好き。大好き。私もあなたを愛してます――――――



最後まで、ちゃんと言葉にできたのだろうか。
私が言い終わるのと、蓮君のキスが再開されるのと、果たしてどちらの方が早かったのだろう。

けれどそんな疑問は、すぐに頭から消えていってしまった。


二人で迎えるはじめての夜が、粛粛(しゅくしゅく)とはじまっていったのだから…………











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