閉園間際の恋人たち





それから蓮君は、予定通り、春が来る前にニューヨークへ旅立って行った。


別れの日、空港には私と大和、私の母に蓮君のお母様、それに時生君明莉さん、和倉さんが見送りに来ていた。
平日ということもあるし、蓮君は出発日をあまり知らせていなかったので、少数精鋭の見送りとなった。

私の母親と蓮君のお母様はすっかり意気投合していて、帰りにどこどこに寄って食事しましょうかなんて、蓮君をよそに盛り上がっていたりして。
なんでも、蓮君のお父様もお兄様も海外赴任や長期出張はしょっちゅうらしく、お母様的には、今回もいつものことだという感覚でいらっしゃるそうだ。

私もいつかそんな風になるのかな……なんて未来を想像して、少しくすぐったくなる。
だけど今はまだ、そんな余裕は露ほどもなくて、私は蓮君と離れ離れになることに素直に不安だった。
だけど大和の手前、その気持ちを率直にさらけ出すわけにもいかず、そこはしっかり保護者としての立場を優先させた。
蓮君との別れのやり取りは事前に大和のいないところでちゃんと言葉として交わしていたので、きっと今日は大丈夫だと高をくくっていた私は、あっけなくその自信を崩されてしまったわけだけれど。


時生君、明莉さん、和倉さんにも名残惜しさや寂寥感などは見えてこず、ちょっと買い出しにでも出かける友人をみんなで見送りに来たような雰囲気だった。
明莉さんにいたっては「私が先にニューヨーク行きを決めてたのに、ズルい!」と小さくご立腹だったくらいだ。
確かに明莉さんの方が早くにFANDAKのダンサーを卒業し、ブロードウェイを目指すためにニューヨークに留学すると決めていた。
ただビザの関係でまだ出発できないらしく、明莉さんからしてみれば歯痒い気持ちになるのはわからないでもない。
もちろん、そんなのは親しい間柄での気安い軽口に過ぎなくて、蓮君も明莉さんに言い返していたし、その応酬に笑いは絶えなかった。


私が最も心配していたのは大和で、感受性の強いところがあるから、蓮君と別れる際にはどんなに泣き喚くだろうかと不安で仕方なかった。
ところが、その時が訪れても、大和はニコニコと機嫌よくしていたのだ。
蓮君は皆が見守る中、最後の最後に私と大和をぎゅうっと抱きしめてくれたのだけど、涙をこらえるのが精一杯だった私とは打って変わり、大和は満面の笑顔のまま「またね!レンお兄ちゃん!」と、その気になれば明日にでも会えるような態度で別れを告げたのだ。
それは、時生君や明莉さんよりももっとライトなニュアンスだった。

そんな大和に、蓮君以外の大人達は多少は驚いていたものの、蓮君は何か知ってる様子で満足そうに頷いていた。
どうやら、男同士、秘密の話し合いが行われていたようだ。

私は仲間外れにされていたことよりも、二人がそこまで打ち解けてくれていることを嬉しく思いながら、せり上がってくる涙を抑えつけていた。
そして、どうにか涙のピークが過ぎた頃に、蓮君の搭乗した飛行機が飛び立っていったのだった。
私はそれが空の彼方に見えなくなるまでずっと、祈らずにはいられなかった。



蓮君が無事にニューヨークに着きますように。
蓮君のニューヨーク生活が有意義で平和でありますように。
蓮君がニューヨークで事故や事件に巻き込まれませんように。怪我や病気などしませんように。
それから、一日でも早く日本に帰ってきて、大和と三人一緒に暮らせますように…………と。










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