閉園間際の恋人たち





「琴ちゃん、なにしてるの?」

空に向かって両手を握りしめている私に大和が不思議そうな顔をする。
けれどそれに答えたのは私ではなく和倉さんだった。

「大和君、琴子ちゃんは心の中でレンお兄ちゃんにお別れの挨拶をしてるんだよ。だから邪魔しないでおこうね」
「そうなの?うん、わかった!」
「ところで大和君はレンお兄ちゃんを上手にお見送りできたね」

和倉さんは大和の注意を逸らしつつ、私には横目でシグナルを送ってくる。
人差し指で自分の目尻をぽんぽんと叩いてみせた和倉さんのおかげで、私はそこでようやく涙が滲み出ていたことに気が付いた。

慌ててバッグからティッシュを取り出し、周りから身を隠すように捩って涙を拭う。
大和の前では泣かないでおこうと思っていたのに……
保護者の決意は実に拙いものだった。
自戒を込めながら涙の後始末をし、大和と和倉さんのもとに戻る。
和倉さんだけでなく、他の全員が私のことを気遣ってくれているようにも感じたけれど、何も言ってこないのが彼らの優しさだとも思った。
大和は和倉さんとのおしゃべりに夢中で、私の些細な仕草などは視界にも入っていないようだった。


「そうか、じゃあ大和君は、レンお兄ちゃんとまたすぐに会う約束をしてたんだ?だから今日バイバイするのも寂しくならなかったんだね?」

「うん、そうだよ!ぼくね、前にレンお兄ちゃんにファンダックのパレードにでてるレンお兄ちゃんをもう一回見たいっておねがいしたんだ。そうしたらレンお兄ちゃんは見せてくれるって ”約束” してくれたんだよ。それでね、その ”約束” はこの前かなったんだ。でもね、ぼくはずっとレンお兄ちゃんとの ”約束” を楽しみにしてたから、”約束” が終わっちゃったのはさみしいなって言ったんだ。そうしたらね、レンお兄ちゃんは、また ”約束” をしたらいいよって言って、新しい ”約束” をしてくれたんだ」

「それが、またすぐに会おうって約束なのかい?」
「うん!テレビ電話で会おうねって ”約束” したんだ!」
「そうか、テレビ電話か。それならレンお兄ちゃんがニューヨークに行ってもすぐ会えるね」
「うん!”約束” が終わったら、新しい ”約束” がはじまるんだ!終わりははじまりなんだよ?」


終わりは、はじまり――――――


大和の何気ないはしゃいだセリフが、ピシッと私の心を刺激していった。


「”終わりははじまり” か、大和君、まだ6歳なのに大人みたいなこと言うんだね。偉いなあ」
「えっへん!」
「じゃあそんなお利口さんの大和君には、何かお菓子を買ってあげよう」
「え、本当?やったあ!ねえねえ琴ちゃん、和倉さんにお菓子買ってもらってもいい?…………琴ちゃん?………おーい。おーいってば!琴ちゃんっ!!」

「――――え?」

耳元で甲高い声を響かされて、ハッとした。

「もう!やっと気がついた!」

目の前には頬を膨らませたご機嫌斜めの大和の顔が。

「あ………ごめんごめん。ごめんね、何の話をしてくれたの?」
「もう!だから、和倉さんがお菓子を買ってくれるって言ったの!」
「そうなの?」
「いいよね?琴子ちゃん」
「でも…」
「そんなに高いものは買わないよ。先に下のショップに行って大和君とお菓子選んでるから、琴子ちゃんはここでゆくりしてから来たらいいよ。もちろんお母様方もエスコートさせてもらうから、気にせずゆっくりしておいで」

和倉さんは私が蓮君との別れに傷心中だと慮ってくれているのだろう。
すると時生君も心配げに声をかけてくれた。

「琴子さん、一人で平気ですか?」
「でも、逆に一人にしておいてほしいってこともあるのよ?」

冗談めかして言う明莉さんからも、私への気遣いしか見えてこない。
私の母と蓮君のお母様も少し離れたところからやり取りを見守ってくれていて。

みんな優しいなあ………

心の別のところでまた私は感激を拾ってしまった。
そしてその優しさに甘えさせてもらうことにした。

時生君は最後まで「本当に大丈夫ですか?」と訊いてくれたけれど、今日は夕方からFANDAKでシフトが入っており、留学前の準備で忙しい明莉さんとともに一足先に空港を後にすることになった。
大和は和倉さんと私の母、蓮君のお母様に売店に連れていってもらうことになり、嬉しそうにそそくさと行ってしまった。

「お買い物が終わったらどこかに入ってお茶でもしてるから、琴子さんはゆっくり落ち着いてから来てね」
「大和君は私達に任せて、急がないでいいからね」
「俺は今日一日休みを取ってるから、気にしないでいいよ。ごゆっくり」
「琴ちゃん、また後でね!」


賑やかな一行が立ち去ったあと、私は近くのベンチに腰を下ろした。

冬の終わりのはじまりを知らせる風が、私の髪を気まぐれに踊らせていく。
何事にも終わりがあって、また、はじまりはある。
大和がさっき言っていたように。
理恵が私に伝え残したように………

私は脇に置いたバッグを開き、手帳を取り出した。
そしてそこから少しはみ出しているものを抜き取った。
親友からの、最後の手紙だ。
市原君を連れて理恵の育った施設に行った際、園長から渡された手紙。
もし大和の父親だという人物を私が連れて行き、条件に当てはまる人物だと園長が判断した場合私に渡してほしいと、生前の理恵が託していたものだ。

理恵の写真入りフォトフレームの代わりに、私はこの手紙を渡されたその日から、常に持ち歩いていた。
もう何度も何度も読み返していて、中に書かれてある内容はほぼ一言一句記憶しているけれど、それを開封するたび、文字を追いながら読み返すたび、親友の存在をすぐ近くに感じられる気がした。


私はこの世で最も大切な恋人が旅立った空を見送りながら、この世で最も大切な親友が最後に残した手紙を開いていったのだった。



一人だけど、一人ぼっちじゃない。
その意味と喜びを、深く深く吸い込んで。
夢の終わりは、夢のはじまりなのだと信じながら――――――











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