閉園間際の恋人たち




理恵の手紙に読みふけっていた私は、すぐそばで聞こえた大和の声に我に返った。

「あ………ごめん。ごめんね、大和」
「またお母さんからの手紙読んでたの?琴ちゃん、本当に飽きないよね。もうすぐ着くよ?あと、バスの中で字を読んでたら酔いそうになるって前に言ってなかった?」

大和は少し呆れたように笑った。
その世話好きそうな口調や笑顔が、理恵にそっくりすぎて、なんだか面白くて。

「………なに笑ってるの?」
「え?あ、ううん、なんでもないよ?」
「どうせお母さんのことで思い出し笑いしたんでしょ?何も今思い出さなくても、もうすぐ会えるのに」

呆れ度をさらに高めてくる大和に、私は「違うわよ」と反論した。

「理恵と、大和のことを考えてたのよ?」
「本当に?」
「もちろん」
「本当に僕のことをちゃんと考えていたの?笑った顔がお母さんに似てきたなあ…とか、そんなことじゃなくて?」
「え?ええっと……」
「図星なんだ?」

呆れ顔をサッと着替えた大和。
それが、どことなく残念そうな表情にも見えてしまい、私は大慌てで大和の腕を握った。

「でもそれだけじゃないわよ?だって私は、いつだって大和のことを考えてるんだから」

血の繋がりがない分、余計に愛情表現はしっかりと伝えたい。
けれど焦った私と目が合うや否や、大和はプッと吹き出したのだ。

「そんなのわかってるよ。まさか琴ちゃん、僕がまだ琴ちゃんからの愛情を疑ってるとでも思ってるの?本当の親子じゃなくても、琴ちゃんがどんなに僕を愛してくれてるかはじゅうぶん理解してるつもりだけど?たくさん感謝もしてるし、それをちゃんと伝えてるつもりでもいたんだけど……琴ちゃんには届いてなかったんだね、僕の感謝の気持ち」

大和は今度はしゅんと肩を落とした。
やや芝居がかってる調子にも見えたものの、やはりどこまでも大和に甘い私はほぼ反射的に「そんなことないわよ!」と返していた。

そして数秒後、落とした肩を小刻みに大和が揺らしはじめて、また(・・)からかわれたのだと気付く。


「………大和?」

軽く睨んでみるも、大和は「琴ちゃんってば、騙されやすすぎ」とまったく悪びれた様子はない。

「大人をからかって楽しいの?」
「楽しいよ。だって琴ちゃんすぐ騙されて可愛いもん」
「可愛いって、あのねえ……」
「きっとお母さんも空の上からケラケラ笑ってるよ。そう思わない?」
「まあ………たぶん」
「でしょう?あ、でも蓮君はちょっとヤキモチ焼いちゃいそうだよね」
「大和相手にそんなことしないわよ」
「男心をわかってないなあ、琴ちゃんは。蓮君ってば、琴ちゃんの周りにあるものすべてにいっつもヤキモチ焼いてるよ?」
「まさか」
「僕を信じないの?僕が琴ちゃんに嘘をついたことある?」
「………あるわよ。昨日も嘘ついたじゃない。蓮君が今日ニューヨークから帰るって言ってた…って。あれは私をがっかりさせないために言ったんでしょう?だから、優しい嘘だとは思――――」
「嘘だと思ってるの?」
「だって、今朝蓮君に訊いたら、まだニューヨークだって返事があったわよ?」
「本当に?それ、通話?それともメール?何時ごろの話?」
「10時よ。ちょうど仕事が終わって戻った頃かと思ってメールしたら、すぐに返信があったの」
「ああ、あるほど……」
「なに?なるほどって」
「で、蓮君は本当に『今ニューヨークにいる』って言ったの?」
「え?正確には、ちょっと違うけど……」
「正確には、何てメールが返ってきたのさ?」
「確か『ニューヨークの仕事が終わらなくて、ずっと寝てないんだ』」
「じゃあ、”ニューヨークにいる” とは言ってないんだよね?その文章だと、ニューヨークから戻って来る飛行機の中でずっと寝ずに仕事してたってところじゃない?急な予定変更だったから、たまたま蓮君に用事があって電話した僕にだけしか知らせる余裕がなかったんだよ。冷静に考えて、あの蓮君が、今日の重要さを忘れるとは思えないんだけどな。だって今日は、お母さんの10回目の命日なんだよ?毎年お母さんの命日には一緒にお墓参りに来てるのに」
「それはそうだけど、今回の出張は大きな契約が絡んでるから、蓮君の都合を優先させるわけにもいかないのよ」
「そうかなあ?市原さんも来るし、今年は笹森さんも来るんでしょ?あの(・・)蓮君が、のんびり仕事なんかしてられないと思うけどなあ。もう転職したてじゃないんだし、ある程度はスケジュールを動かせると……………ほら、僕は嘘なんか言ってない」
「え?」
「ほら、降りるよ、琴ちゃん」

停留所に止まったバスを、大和に急かされるようにして降りる。
すると、少し離れたところでちょうどタクシーから降りてくる人影があった。
その長身の後ろ姿はとんでもなくかっこよくて。
出会ってからもう何年も経っているのに、今更ドキドキしたりして。
もうとっくに家族になっているのに、しばらく会えない時間があると、離れていると、たまらなく心配になってしまう、私の大切な人。


人の命なんて、いつ終わりが来るかわからないのよ――――――


理恵の残したメッセージは、私の心の指針となり、人生を支え続けてくれている。

だから私は、いつ終わりが来るかもしれない、何がきっかけで閉園時間が繰り上がってしまうかもしれない人生の中で、これだけはと決めたことがあった。


「―――――蓮君!お帰りなさい」

そう告げて、思いきり彼を抱きしめる。

「……ただいま」

彼はすぐに私を抱きしめ返してくれて、私は「ほら、大和も!」大切な息子を呼び寄せて。

「しょうがないなあ……」

言うほど嫌々でもなさそうに、大和も私と蓮君のハグに混ざってくれる。

私が決めたことは、大切な人に、愛情を隠さないこと。

いつ、たとえどんなに突然に閉園時間が訪れたとしても、大切な人達に私の気持ちが違わず伝わっていてほしいから。
いつかのような悲しいすれ違いは、閉園時間を過ぎてからでは手遅れだから。
だから、いい歳してとか、日本人の奥ゆかしさはどこへ行ったとか、そんなのは気にしないことにした。


「大好き。蓮君も大和も、二人とも大好きよ」

もう口癖のようになってるそれを、今日も心一杯に言葉にする。

「そんなの僕だって当り前だよ。いつも言ってることだけど」

大和はお年頃にもかかわらず、毎回ちゃんと応じてくれる。
そして、蓮君も。

「俺も大好きだよ」

けれど今日は出張からの帰りで、久しぶりの再会だったせいか、蓮君はもっと気持ちを言葉でくれたのだった。

「琴。大和。愛してるよ」


それがとても嬉しくて、私はぎゅうっと大切な二人を抱きしめて抱きしめて―――――いたけれど。


「………あのさ、再会を喜んでるとこ悪いけど、琴ちゃん、ここ、バス停だよ?いいの?いろんな人に見られてるけど」
「――――っ!」

大急ぎでハグを解いた私に、二人は同時にプッと吹き出した。
その笑い方は、よく似ていた。


私は、この笑顔をずっと守りたい。
人生の閉園時間が訪れる、その最後の一瞬まで。
だから、理恵。
その時を、私の夢が叶う瞬間を、きっと見届けてね―――――――













(完)








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