閉園間際の恋人たち




笹森さんのことは本当に大好きだったから、当然のことながら、別れは辛かった。
けれど同時に、自分の体のことをご両親に隠したまま結婚するというのには大きな罪悪感もあったので、結婚がなくなったことについては、これでよかったのかもしれないと思う自分もいた。

すべてが決まったあとで理恵に報告したところ、彼女は複雑そうにしていた。
笹森さんのお母様の件には怒ってくれたけど、結婚がなくなったこと自体は、そんな家に嫁がなくて正解だったと言って、でも、笹森家がそんな考えの一族だったなんてと、私以上に残念がっていた。
なんだかその時の私の感情を理恵がすべて先回りしていってくれたようで、私の気分はずいぶんと軽くなっていった。

理恵と親友でよかった。
もし理恵に何かあったら、今度は私が力にならなくちゃ。
心の底からそう誓った。
けれど、親友に感謝しつつ、失恋の痛手から立ち直っていってる途中で、その何か(・・)が訪れたのである。
理恵が、未婚のまま母になったのだ。


妊娠が判明したとき、理恵には迷いは微塵も存在しなかった。
だが相手の男性についてはいくら訊いても打ち明けてもらえず、向こうには認知はおろか知らせるつもりもないのだと言った。
私や医師が父親には知らせておいた方がいい、考え直すようにと説得しても彼女の決意は固く、私は、もしや相手に知らせられない事情があるのではと勘繰ったりもした。
けれど理恵は安定期に入って悪阻がひどくなってくると、不規則な仕事は続けられないからと会社まで辞めてしまい、私はそんな彼女のサポートに手一杯で、子供の父親についてはそれ以上踏み込めないままだった。


やがて理恵は本当に父親不在のまま我が子を産み、シングルマザーとしての人生を歩みはじめたのである。
もちろん私は協力を惜しまなかったし、理恵は私の両親とも仲が良かったので、二人はまるで自分達の孫のように大和を可愛がった。

『大和にはパパはいないけど、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもいるし、ママは二人もいるのよ』

理恵がよく大和に聞かせていた言葉だ。
幼い大和にどこまで理解できていたのか、理恵がいなくなった今、どこまでを覚えているのかはわからないけれど。

一人で子育てする中で、理恵が苦労する場面を私は何度も見てきた。
それでも理恵は自分の選択に誇りを持っていて、大和のことを大切に育て、愛していた。
あまりにも大和を溺愛するものだから、私は思わず、『その人(・・・)のこと、そんなに好きだったのね』とこぼしてしまった事があった。
すると理恵はそれには曖昧に微笑んで答えなかったが、相手について唯一の手掛かりを聞かせてくれたのである。
”大和” という名前は、その人物の名前から一文字もらったのだということを。












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