閉園間際の恋人たち




けれどそれ以上はどうしても教えてくれず、そしてあの日が訪れたのだ。

突然、見知らぬ番号から私の携帯に電話がかかってきた。
その末尾から、おそらく警察からであると予感したものの、交通安全教室などでお世話になっていたので、てっきり仕事関係の連絡かと思った。
けれど、違った。

連絡を受けて私は指示された病院へ急いだ。
どうやって辿り着いたのかは覚えていないけど、とにかくすぐに病院に駆け付けた。
そこには、泣きじゃくる大和がいた。
そして―――――




「―――ちゃん!琴ちゃんってば!」

「――――え?」

うっかりあの日(・・・)に心を持っていかれてた私は、大和からの呼びかけで我に返った。

「だから、ぼく、わくらさんと男の子のおトイレに行ってくるね」
「大丈夫?琴子ちゃん」

二人はしっかりと手を繋いで、私の前、テーブルの向こうに立っていた。
最近の大和は知り合いの男の人がいるとお手洗いを男性用に行きたがるので、和倉さんにお願いするのはいつものことだけど……

「あ…いつもすみません、和倉さん」
「全然構わないけど、琴子ちゃん、どうかした?北浦君達が出ていってから、ちょっと考え事してるみたいだったけど」
「琴ちゃん、かんがえごと?」

ケーキをきれいに平らげた大和は、手洗いに行きたいというよりも、退屈してきてる様子だ。
私は和倉さんに「すみません、大丈夫です」と答えてから、大和には「和倉さんの言う事はよく聞いてね」と伝える。
何ともないという素振りで。
大和からは「はーい」と元気な返事があった。

「本当に大丈夫?平気?」
「はい。ご心配いただいてすみません」
「それならいいけど。じゃ、行ってくるよ」
「よろしくお願いします」


二人が出ていってしまうと、当たり前だがとたんに静かになった。
大和と暮らしはじめる前、ほんの一年ほど前までは、こういった一人きりの時間は日常だったのに。
今はすっかり、自分以外の気配や音、存在があることに慣れてしまっていて、急に静寂がはびこると、なんだか不安が芽生えてきそうで。

つくづく、人間は慣れてしまう生き物なのだと思う。
私の体のことも、恋を諦めたときの傷も、親友を失った悲しみも、
決して癒えきることはないけれど、毎日泣き暮れるわけでもなく、いつか、その不在(・・・・)に馴染んでしまう。
それは弱さなのか強さなのか。
いや、例えどちらだったとしても、大和と共に歩みはじめた私にとっては、そんなの気にしてる余裕もなかったのだろうけど。

今だって、余裕があるわけじゃない。
でもそんな余裕のない毎日にも慣れてきたこの頃は、なんだか少し前よりも、理恵のことを思い浮かべるようにはなっていた。
そしてそれと連れ立ってよく考えてしまうのは、大和の父親のことで………


一人きりのテーブルで答えの出ない思考の淵をさまよっていると、ふいに、扉のない仕切り口をトントントンと打つ音がした。











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