閉園間際の恋人たち




「すみません、ちょっといいですか?」

突然の訪問にびっくりした私は、顔を上げた先にいたアカリさんを不躾に見つめてしまう。
彼女は少しだけ表情が強張っているような感じがした。


「あ……、アカリさん、でしたよね?何でしょうか?」

声が整わないまま返事してしまったけれど、アカリさんはハッとして、「そういえば、私ってば名乗ってもいませんでしたね…」

すみませんでした。
そう言って小さく頭を下げた。
それを受けて私は、彼女をちゃんとした(・・・・・・)人なんだなと思った。
何もそうじゃないと思っていたわけじゃないけど、さっき和倉さん達と話してる雰囲気を眺めていて、とてもフランクな印象を受けたからだ。
北浦さんや佐藤さんがどちらかというと私と大和に気を遣ってくれてたのとは対照的に、彼女は誰に対しても砕けた態度だったように感じた。
だから、その彼女がこうして私に頭を下げるのが、少し意外だったのだ。

けれど彼女が私に声をかけた理由を聞くと、やはり、フランク、率直な人だなという感想を覚えた。


「山田 明莉(あかり)、レンやトキオと同じファンダックのダンサーをしてます。あの、ほぼほぼ初対面の方にこんなこと言うのは申し訳ないんですけど、時間がないので単刀直入に言いますね。さっきレンと連絡先交換してましたけど、連絡しないでいただけますか?」

さっき ”すみませんでした” と言ったその口で、まるで宿敵に先制攻撃を仕掛けるような物言いをしてくる彼女。
勝気な性格が前面に出ていて、これはちょっとフランクの度合いを過ぎてるのかもしれないけれど、私は彼女が北浦さんと特別な関係にあるのだろうと思い、そこは年長者のゆとりで受け流すことにした。

「ごめんなさい、もしかして、山田さんは北浦さんの」
「明莉」
「え?」
「私のことは明莉と呼んでください」

即訂正してきた彼女は若干の不機嫌さを浮かべていた。

「えっと……、それじゃ、明莉さん?」
「はい」
「明莉さんは、北浦さんの」
「ただの同僚ですけど?」

それが問題でも?
そう言いたげな温度の明莉さんに、私はそれ以上は踏み込めないと判断した。
といっても、そもそも踏み込むつもりもないけれど。
私はそれならそれで構わないと、意識して微笑みを作ってみせた。

「あ……大丈夫、です。もとから、北浦さんに連絡差し上げるつもりはありませんでしたから。だから心配しないで大丈夫ですよ」
「本当に?」
「ええ。大和は会いたがるかもしれませんけど、ご迷惑でしょうから」
「それを聞いて安心しました。でも大和君……そっか、すごく懐いてましたもんね。だったら、代わりに私の連絡先教えておきます。あ、でもスマホ持って来てないや…。あの、ペンとか持ってませんか?」
「ペン?」
「早く!和倉さんが戻ってきちゃう」
「え、ちょっと待って…」

思いもよらない展開になり、明莉さんに急かされる形で私はバッグを漁る。
慌てて仕事用のファイルに挟んでいたペンを取り出すと、それを奪うようにして明莉さんはテーブルにあったナプキンに電話番号と思しき数字を書き記していった。

「……でもよかった。実は来週、オーディションの最終選考があるんですよね。レンは今それに向けて集中してるので……じゃ、これ渡しておきます。もし大和君がレンに会いたがったりしたら連絡ください」

明莉さんはほとんど一方的に告げると、私の顔すら見ずに大急ぎで部屋を出ていってしまった。
それほど和倉さんには知られたくないのだろうか。
その割には、口止めもされなかったけれど。
案外、そそっかしいのかもしれない。そして勝気なようで、大和を気にかけてくれるほどには優しい人。
私は明莉さんが小走りで出ていった方を見やりながら、大丈夫だよと声に出さずに呟いた。

何を心配してるのかは知らないけど、私と北浦さんが会うことは、たぶんもうないだろうから。
ファンダックで偶然見かけることはあるかもしれないけど、たぶんそれだけ。
だって、もともと私達は住んでる場所が違うんだもの。

あなた達はおとぎ話から飛び出てきた人で、私は、ただの観客なのだから。











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