閉園間際の恋人たち




それは、おとぎ話ではなくむしろ少女漫画に出てくるような、王道中の王道の告白のセリフだった。
あまりにもストレート過ぎて、私は、そのあと自分自身がどんな顔をしてどんな対応をしたのか、実はよく覚えてなかったりする。
ただ蓮君が最後に「返事は急がないから考えてください」と言ったのだけはしっかり記憶していて、どうして言われるがまま、すぐに返事しなかったのかが不思議だった。
だって、私は蓮君の気持ちを受け入れることはできないのに。
今は大和のことが一番大切で、誰とも恋愛するつもりはないのだから。
だから、蓮君の気持ちを察しながらも、知らないふりで通してきたのだ。
知ってしまえば、もう知らないふりはできないから。
なのに明莉さんも和倉さんもあちこちから針でつつくように私と蓮君を刺激してきて……

けれど、蓮君の告白に即答できなかったのは、私自身の責任だ。
大和と生きていくためにもう誰とも恋愛しない、そう決めたのは自分のくせに、いつの間にか蓮君が心に入り込んでくるのを許していたのだから。

一緒にいると優しい気持ちになれて、電話やメールの端々にも見える誠実な人柄や、大和を大切に思ってくれるのが丸わかりな接し方の一つ一つに、私は好感を抱くとともに信頼を寄せていた。
だからこそ蓮君の告白は、受け入れられないにもかかわらず、心では嬉しいと感じてしまう私もいたのだ。

だけどいくら日にちを置いたところで、誰とも恋愛しないという決意に変わりはない。
大和が健やかに成長して、成人を迎えた頃にはまた違っているかもしれないけれど、少なくとも今しばらくは絶対に無理だ。
ただでさえ、私達は普通の家族ではないのだから、とても恋愛事に時間や気持ちを割いてる余裕はない。
大和が母親の死を理解した時、全力で向き合うためにも、私の心は大和でフルになっていたい。

そうすると自ずと、返事は定まっていく。

問題は、どうやってそれを伝えるかだ。
蓮君は優しい王子様のような容姿でいながら、しっかりと自分を通す強さも持っている。
私が断りの文句を告げようものなら、きっとそれを上回るだけのセリフを打ち返してくるだろう。優しい言葉を用いながら。
そんな蓮君の紳士的な強引さを思い返すと、そのおかげで私達の距離は縮まっていたのだなと、くすぐったくも感じた。
けれどもう、それに浸っているわけにはいかないのだ。


あの夜から一週間、私は毎晩のようにスマホを見つめていた。
もう答えは決まっているのに、なかなか行動には移せない。
蓮君からも連絡はなかったけど、大和は毎日のように蓮君からプレゼントしてもらったファンディーのぬいぐるみを抱えながら「レンお兄ちゃんにつぎはいつ会える?」と訊いてきた。
その度に「どうだろうね?」「さあ?わからないな…」と、曖昧に紛らわせるしかなかったけれど。

そして今夜も大和がベッドに入ったあと、私はスマホをテーブルに置いて彼への返事について考えていた。

そこへ、こちらの事情を一切鑑みない不躾な着信音が鳴り響いたのである。

「………明莉さん?」

まったく予想外の相手だった。
躊躇はしたものの、蓮君と時生君がああ言っていた以上、明莉さんがまた何かを企んでいるということもないだろう。

「……はい」
《秋山さんですか?明莉です》
「こんばんは、明莉さん」
《こんばんは。この前は……すみませんでした。蓮と時生にめちゃくちゃ怒られました》
「そうですか……」

普通に受け答えしながらも、私の中では明らかに明莉さんに対する罪悪感が育っていた。
前に彼女と電話で話した時と今とでは、状況が決定的に違っていたからだ。
だから私は、彼女とはあまり話していたくなかった。

「それでしたら、もう気にしてませんので……。あの、お話がそれだけでしたら、」

失礼しますね。
私の最後の一言を横取りするようにして、明莉さんは勢いつけて言い放った。

《だけど蓮が今大事な時なのは事実なんです!蓮はブロードウェイの舞台を目指してて、私はその応援をしたいんです。一番のファンとして。だからあなたとは……》

この前とは違い、明莉さんからは必死感が伝わってきて。
それが蓮君への恋心ゆえか、それとも仲間の夢を応援したい気持ちからか、どちらかはわからないけれど、私にはどちらでもよかった。


「……あの、明莉さん、そんな心配しなくても、本当に大丈夫ですよ?私達はそういう関係にはならないので」

明莉さんにそう断言したことで、私の内心では何かの合図が弾けたのかもしれない。
再度、《すみませんでした》と締めくくった明莉さんとの通話を終えて間もなく、蓮君に電話をかけていた。



《―――もしもし、琴子さん?》

久々の電話に声を跳ねさせる蓮君だったけれど、私はこんばんはの挨拶も抜かして告げたのだった。

「ごめんなさい、蓮君。私は蓮君の気持ちに応えることはできません」











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