閉園間際の恋人たち




そしてそれは時生も同じように感じていたようで、「あいつ、変じゃないか?」低く俺に耳打ちしてきた。
俺と時生、両方がそう感じるのだから、気のせいなどではないだろう。
リハがすべて終了した直後、俺達は明莉を問い詰めた。
すると明莉は意外にもすぐにその理由を答えたのだ。

「ああ、別に大したことじゃないんだけどね。実は、私の知り合い(・・・・)が偶然秋山さんとも知り合いで、今いい感じなんだって。で、今日は大和君をどこかに預けて二人っきりでデートするって言ってたから、今頃もしかしたらホテルに行ってたりするのかなって」
「っ!」

カァッと頭に血がのぼった。
明莉は俺と琴子さんが親しいと知っているくせに、なぜわざわざ俺にそんな話を聞かせるんだ?そう苛立つ俺だったけど、時生は逆で、冷静に怒りを高めていた。

「お前の知り合いって誰だ?」
「え?それは……まあいいじゃない」
「知ってることをすべて吐け」
「なによ、なんで時生までムキになるのよ!」
「いいから吐け!」
「なんで時生にそんな怖い顔されなきゃいけないのよ!」

どちらも引かない時生と明莉に、俺は感情の沸騰を宥めつつ、割って入った。

「――明莉」
「なによ……」
「教えてくれないか。琴子さんは、今どこにいるんだ?」


怒鳴るでもなく、淡々とした俺の問いかけは、明莉の中に残っていた良心を手繰り寄せてくれたようで、ややあってから、明莉は、琴子さんが男と食事をしているはずの店を教えてくれたのだった。


俺と時生は大急ぎでそこに駆け付けた。
その店を出た後では行方を追うのも困難だ。
琴子さんに電話を入れることも過ったが、もし電話に出てもらえなかったら?
人と会ってるのだから、きっと琴子さんはマナー設定してるだろう。だとしたら、その時間も惜しい。
とにかく店に行って、琴子さんをその男から離さないと。
琴子さんと接していて恋愛事の気配は一切感じなかったし、十中八九明莉が盛って話したのだろうけど、今、琴子さんが大和君をどこかに預けて男と二人で会ってるというのは事実だと思う。
だったら……
想像もしたくない展開を頭から払拭させるためにも、俺は足を速めるしかなかった。
自分には、琴子さんのデートを邪魔する権利などないという事実には目を瞑りながら。



結果的に、琴子さんが会っていたのは俺もよく知る和倉さんで、大和君をご実家に預けて二人で会ってたのは間違いないが、そうなるように仕組んだのは明莉だったことが判明した。
それを知った俺は胸を撫で下ろしたけど、いつも大人の余裕を纏っている和倉さんが静かに怒っていたのはちょっと驚いた。
もしかして和倉さんも琴子さんを…?と疑ってみたものの、琴子さんを送る役を俺に譲ってくれたので、その線は薄そうだと密かに安堵した。


大和君を迎えに行って、駅から琴子さんのマンションに歩きながら、琴子さんが大和君や大和君のお母さんのことを話してくれた。
俺の背中で眠る大和君の規則正しい息が俺の首筋をくすぐってくる。
それはあたたかくて、琴子さんはこのあたたかさを守るために、きっと色々なことを抱えて頑張っているんだろうなと感じた。
本人は大したことない風に言うけれど、俺は、そんなところも含めて琴子さんを好きだという想いが抑えきれなくなっていた。


琴子さんのマンションが見えてきて、立ち止まる。
俺は背負っていた大和君をそっと琴子さんの背中に返した。
そのとき、彼女の細い体躯に手の甲が触れて、ギクリとしてしまう。
薄いブラウス一枚隔てた琴子さんの肩は、思ってた以上に熱かった。
気温のせいかもしれない。
大和君の体温が移ったのかもしれない。
だけど俺は、指先が吸い上げたその熱さに、心が火照ってしまいそうだった。
日頃ダンサーという職業柄女性と接触することなんか数えきれないほどにあるのに、こんなにも煽られるなんて。

ドクドクと、血管がやかましく震えだす。
最近ではオーディションの時でさえこんなになることはなかったのに。


「それじゃ、おやすみなさい」と告げて俺から離れようとする琴子さんを呼び止める。
なあに?といった感じに自然に振り返った琴子さん。
目と目が合ったそのとたん、俺は、ああやっぱり好きだな……そう思っていた。


「琴子さん、俺は、あなたが好きです―――――」



考えてみれば、誰かに好きだと告白したのは、これが生まれてはじめてのことだった。










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