君との恋の物語-mutual affection-
原点回帰
「お待たせ」

そう言って待ち合わせ場所に現れた結は、この間までと違って明るい表情だった。

これは、何かあったな。

『ん、俺も今着いたところだよ。』

つられて俺も、少し表情が緩んだ。

よかった。結の、いつもの笑顔だ。

「今日は、一緒に行きたいところがあるんだけど、いいかな?」

照れているのか?なんか、懐かしいな、その表情。

『うん、かまわないよ。どこに行きたいんだ?』

すると結は、一瞬ホッとしたような表情をした。

「大したところじゃないんだけどね。じゃ、まず電車に乗りましょ。」

促されるがままに電車に乗った。

今日の待ち合わせは小山駅。で、大学に向かうのと同じ方面の電車に向かう、ということは。

大学か、出会った頃からよく一緒に散歩している河原か?



「恒星はさ、打楽器を始めたきっかけって何かあったの?」

電車に乗って並んで座ると、 結が唐突に聞いた。

『ん?うん、まぁ、親父の影響かな、ある意味。』

「そうなの!?お父さんも、音楽やる人なの?」

結が目を丸くする。

かわいいな…

『うん、って言っても、趣味でベースを弾いてるだけなんだけどな。』

「そうなんだ!それで、どうして打楽器なの?」

興味津々と言った感じだ。まぁ、電車も長いし、ゆっくり話そうか。

『本当のきっかけはすごく小さなことなんだけど、親父が、会社の人達とバンドを組んでて、一回その練習を見に行ったことがあったんだよ。』

「うんうん。」

『で、なぜか急に、ドラム叩かせてもらったらどうだ?って言われて』

「叩いたの?」

『いや、当時小学生の俺に葉そんな度胸はなかったw』

『でも、興味はあった。なんであの時親父がそんなこと言ったのかはわからなかったけど。』

それも、今なら少しわかる。

『で、多分俺がドラムに興味を持ったことに気づいていたのか、ある日突然、練習パッドのドラムセットが家に届いた。』

「すごっ!買っちゃったんだ!」

結は本気で驚いているみたいだった。

多分、親父が俺にドラムを薦めたのは、一緒にリズム隊を組みたかったんだろう。

未だセッションなんてしたことないけどw

『うん、それが小学5年生の時なんだけど、それから中学に入るまではずっと自己流で叩いてた。好きなJーPOPとか耳コピしてたな。』

「そうなんだ!あ、それで、吹奏楽部入ったの?」

『まぁ、そうなんだけど、実は第一希望はクラだったんだ。』

するとさらに目を丸くした結が一気に距離を詰めて聞いてきた。

「え?なんで?クラだったの!?それは、何かきっかけあったの?」

近い近いw

『えっと、順を追って説明すると、自己流でドラムを叩いてた俺を見て、知り合いが吹奏楽部を薦めてくれたんだ。ドラムもあるよって。で、それを親父に話したら、即賛成してくれて、さらに頑張って練習してたら、しばらく経って親父が俺に言ったわけ。』

「うんうん、なんて?」

近いってw目のやり場に困るw

『ドラムは、自己流であれだけ叩けるんだし、吹奏楽部ではせっかくだから管楽器をやってみたらどうだ?って。いきなり何を言うんだって思ったけど、まぁ確かにそれも悪くないかなと。』

「うん、ん?でも、なんでクラだったの?」

『それは、芸術鑑賞会ってあるでしょ?あの、小学校とかにオーケストラとか吹奏楽とかを呼んで演奏してもらう。あれ、俺が小6の時は地元の名門高校の吹奏楽部が来てくれたんだ。その時、楽器紹介でいっぱい楽器を見せられたんだけど、クラリネットが一番印象的で、親父に管楽器を薦められた時に真っ先に思い出したんだ。実は、それだけw』

ここで一旦区切った。

『それで、中学に入って吹奏楽部に入部したんだけど、うちの顧問は向き不向きで楽器の割り当てを決める先生でね。俺は最後の最後までクラか打楽器かで先輩たちの取りあいになってたらしいんだけど、最終的には、打楽器になったってわけ。』

「そうなんだ!取りあいになるなんてすごいね!」

結が目を輝かせて言う。ほんと、吹っ切れたみたいだな。

『まぁ、先輩達は、ただ男子が入ってきたことが珍しいから取りあってたんだと思うけど、顧問は最初から俺を打楽器にしたかったみたいだね。』

結は、何度も頷きながら、そっかぁ、すごいなぁと言っていた。

『まぁ、そんな感じ。第一希望の楽器にはなれなかったけど、今ではそれでよかったと思ってるよ。』

「そっか。そうだよね。そこで打楽器にならなかったら、私とも出逢えてないかもだもんね。ま、クラになってたらライバルになってたかも知れないしね!」

『そうかもな。』

そう言って少し笑った。

電車が目的地に到着したようで、結が降りるように促した。

やっぱりな。

大学の最寄駅だった。

そのまま大学へ向かい、通り過ぎて、土手の方まで歩いてく。

いつもの散歩コースだ。

そろそろ、頃合いかな。

結が自分で話し始めたらそれで良いと思っていたけど、電車を降りてからはあまり話さなくなった。

話したいことは決まっているんだろうけど、どこから始めたらいいか迷っている。

そんな感じだった。

『結は、クラを始めるのにどんなきっかけがあったんだ?』

唐突に聞いてみた。

「え?うん、私も、おんなじような感じ。でも、私の場合は、強く薦めてくれたのは先生なんだ」

ほう。

『そうなんだ。それは、顧問の先生?』

「うん、須藤先生っていうの。女の先生でね、明るくて優しくて、どんな生徒にも平等に接してくれる、とっても良い先生よ!私の、憧れでもあるの。」

『そうか。結がそこまで言うんなら、すごく良い先生なんだろうな。俺もいつかお会いしてみたいな』

すると、結はちょっと困ったような顔をした。

「実はね、私、昨日先生に会ってきたの。」

なるほど…少し話が見えてきた。

『そうなんだ。』

言葉に詰まってしまった。

「うん、実はね、私、最近、ちょっと思い悩んじゃって。恒星は気付いてたでしょう?」

まぁ、な。俺もそのことについては話したいと思っていた。

『うん、結の気持ちも、なんとなくだけどわかっているつもりだった。だからこそ、なんて声をかけたらいいかわからなかったんだ。ごめん。』

もう、正直に言うしかなかった。

「んん、それは、いいの!私も、なんて話したらいいかわからなくて…。恒星を応援したい気持ちは変わらないし、お互い支え合えたらって思ってるのに、なんか、焦っちゃって。でも、こんなこと言ったら、せっかくお仕事をもらえて頑張ろうとしてる気持ちに水を差すことになっちゃいそうで…。そしたら、なんか怖くなっちゃって。」

俺は、ただ黙って頷いていた。

「私って、一回ネガティブな思考に入っちゃうと、どんどんドツボにハマっちゃうタイプで、なんか色々考えてたら、クラ吹いてても楽しくなくなってきちゃって、ほんと、大袈裟だと思うんだけど、なんか止められなくて…。演奏で仕事をしていくって大変なことだと思うから。まだ大学入ったばっかりの私がこんなことで悩むのも生意気だと思うんだけど…先生になりたい気持ちと、演奏していたい気持ちもごちゃごちゃになっちゃって。そもそも私、なんでクラ吹いてるんだろうみたいになっちゃって…それで、先生に相談しに行ったの。もう、洗いざらい全部吐き出して、整理したくて。」

そうか。でも、今日の様子からすると、結は何か立ち直るきっかけをもらってきたはずだ。

『そうか。先生は、なんて?』

結の表情に、いつもの微笑みが戻ってくる。

「辛いのは、好きなことを仕事にしようとしてるからだと思うって。しかも、その好きなことで、恒星とも争わなきゃいけないと思ってるから辛いんじゃないかって。」

『そうだな。そうかもしれないな。』

「でも、私は私。ちゃんと結果を出せてるんだから、人と比べなくていい、焦らなくていいって、言ってくれたの。」

なるほど。それは確かに結が一番欲しい言葉だったはず。それは俺が結の立場でも、同じだったと思う。しかもそれを、憧れの先生からいただけたなら、すごく結の支えになっただろう。

悔しいけど、これは俺が同じこと言ってもダメだっただろうな。

「確かに好きなことを仕事にするって、すごく大変なことだと思う。だけど、私はやっぱり、音楽もクラも、好き。それに、恒星とずっと一緒にいたい。争うんじゃなくて、お互いに高め合って、私にしかできない演奏をしたい。今回みたいに、私にだけ結果が出なかったとしても、楽器とか音楽のことが原因で別れるなんて、絶対に嫌なの。だって私、打楽器をやってる恒星が一番好きだから!」

嬉しい。ありがとう、結。よかった。

『うん、俺も同じ気持ちだよ。俺も、結の気持ちには気付いていたけど、このタイミングで俺から声を掛けても、上から物を言うようになる気がして言えなかった。辛そうだと思っていたのに、何もできなくてごめんな。』

ほんと、ごめん。

「いいの、待っていてくれたから。ちゃんと立ち直れたし。」

『ありがとう。そういえば、この間高橋がこんなことを言ってたんだ。』

「高橋君って、トランペットの?」

『うん。音楽を教えてもらうことはできても、音楽が楽しいと言うことは教えてもらえないって。だから、例え音楽で辛い思いをしても音楽を好きでいられる俺達は、本当に幸せなんだと思う。』

「そっか。そうね。」

『俺も、結とこのまま距離が空いてしまって、別れるなんて絶対に嫌だった。だから、戻ってきてくれてありがとう。』

別れ話をしたわけでもないのに、こんな言葉が出てきた。

「んん、私こそ、待っててくれてありがとう。これからも、一緒に音楽やって、遊んで、お互いにいっぱい演奏できるように頑張ろうね!」

俺は、“いっぱい演奏ができるように“と言われてすごく嬉しかった。

“いっぱい仕事ができるように“とは言わなかったから。

『うん、あ、えっと、俺からも一つ、話していいか?』

「うん?いいよ?」

『結が悩んでいるところを見て、俺に何かできることはないか考えた結果なんだ。来週金曜日は空いてるかい?』

そう言ってカバンから封筒を取り出した。

「え?空いてるけど。」

『じゃぁ、3限が終わったら学校を抜け出さないか?この演奏会に一緒に行きたいんだ』

受け取ったチケットを見て、結が今日一番、いや、出会ってから一番驚いた顔をした。

「え!?これって!?」

ドイツ国立フィルハーモニー管弦楽団の東京公演のチケットだ。

『今回の結の悩みは、俺にだって当てはまることだ。タイミングによっては立場が逆になっていたかもしれない。だから、俺が何か言葉をかけるよりも、もっと強烈で、次元の違う演奏を2人で聴きに行こうと思った。そうすることで、自分達がどれほど小さい存在なのかを思い知りたかった。俺だって、たった一つ演奏させてもらえる機会を与えられただけだ。俺と結に差なんてないし、優劣もない。でも、このオケの人たちは次元が違う。俺たちが目指すべきレベルは、ここなんだと思うんだ。だから、一緒に聴きに行こう。』

結が俺の目をじっと見つめる。

「ありがとう恒星。」

泣き笑いの表情で言った。

『泣くことないだろ!さ、しんみりするのはやめて、この演奏会を楽しみに頑張ろう!』

「うん!」





次の週、予定通りドイツフィルの公演を聴きに行った俺達は、いい意味で打ちのめされて自分達の小ささを思い知った。

これが…世界レベルのプロか…。

ステージにいるオーケストラと自分達の差がどれほどのものかは別として、目指すべきレベルはわかった。

これでまた明日から頑張れる。

その日は結と東京に泊まり、一晩中語り明かした。

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