遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
「あの、ありがとうございます。お礼させて頂きたいのですが、お名前を伺えますか?」
 その瞬間、その男性は微妙にイヤそうな顔をしたのだ。

(え? そんな顔する⁉︎)
「たまたま見かけただけなので、気にしないでください」

 そう言って足早に去ってしまったのだ。それは足の長さ分、あのおじさんよりも早かったと思う。

 亜由美はその場に残されてしまった。
──いや、いくらなんでも……え?えーっ?

これって普通なら出逢いなのではないのだろうか?

 しばらく呆然としていたけれど、遅刻だということを思い出して、亜由美は会社に慌てて連絡する。

「すみません。今日、少し遅れます。いえ……電車遅延とかじゃなくて、寝坊でもないんですけど」
 その場で説明をするのに五分は要したと思う。



 三十分ほど遅れて亜由美は出社したのだが、今日に限って最初の仕事が営業部の一条が持ってきた伝票だったのだ。

 亜由美の姿を見た瞬間、一条が「げ……」と声を漏らしたのを聞き逃してはいない。

 あらかた亜由美がいないと聞いて慌てて伝票を持ってきたのだろう。
< 5 / 57 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop