月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
 現実世界でこんないい人振って、自分は何をやっているんだろう。このまま印が見つからなくても、寿命が尽きたときに名を呼べば、暗月はお迎えに来てくれる。だから人としての生を全うしろと、彼は言った。それに従えば良いのに、良いはずなのに。

 そんなの、出来る訳無い。

 自分の気持ちに気が付いてしまったのに、それに蓋をして生きていくことは、私には出来ない。それならどうするのか?

「……やっぱり、印を探すしか無いんだよなぁ」

 ため息ついて、頭をがしがしと掻いた。恋する乙女のはずなのに、動作がおっさん臭いのは仕様です。


 ◇◇◇◇


 そしてなんの進展も無いまま、一ヶ月以上の月日が流れた。
 今日も会社で、いつもの様にお昼休みが終わって自席に戻ると、携帯を仕舞うついでにアプリの月齢カレンダーをチェックする。今夜は満月。
 こうして一瞬だけ振り返って、午後の業務に取り掛かる。なんでもない、平気な振りをするのは慣れている。そもそも初めて暗月と出会ったとき、私の精神状態は低迷していた。それに気付いた仕事関係の人は、飯島さんを含めて誰もいない。あの時と同じ。

 ややこしくて午後に回していた案件を、なんとか書類にまとめる。作成し終えると、気が抜けた。首をストレッチして凝りを防ぎながら、手をかざして指先を見る。よし、次の仕事。

「立花さん、それ、最近の癖ですよね」

 ふいに、隣の席の後輩に話しかけられた。

「癖?」

 意味が分からず、聞き返す。

「手をかざして指先を見る癖。なにか区切りつけたい時とかにやりますよね」

 指摘されて、動揺してしまう。指先で思い出すのは、暗月と別れた時のこと。あの時、彼が最後に触れたのがそこだった。無意識に、それを眺めていたということか。

「そんなに、しょっちゅうやっている?」
「時々ですけど。最初見たとき、マニキュアでも塗って乾かしてるのかなって、思っちゃいました」
「マニキュア?」

 仕事中ありえないシチュエーションに反応すると、笑われてしまった。どうやら、からかわれているらしい。

「嘘です。でも、綺麗な指先してますよね、立花さん」

 そう言って、手を覗き込まれる。

「爪の形が、綺麗。そうはんげつもはっきり出ていて」
「そうはんげつって?」

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