月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
「みなさん、落ち着いて。多分、朔様が想像しているのはもっと簡素化されたもののはず」
「どちらかというと文様(もんよう)では無いでしょうかね」
「月の宮様が朔様の手の甲に遺した文様……。なんてロマンチックな!」
「これはもう、私たちで図案を考えるべきですわ」
「月をモチーフとした意匠ですわね。ちょっとお待ちになって」

 いやそれこそ、こっちの方が「ちょっと待て」だ。

 月の宮は心の中で呟くと、扉を開いた。七人の女官たちが一斉に、こちらを振り返る。眉の寄った渋い表情の月の宮と、驚きのまま表情が固まっている女官たち。しばらくの間、両者ともに動かず、沈黙の時が流れる。

「お前たち、そろそろ冷静になってもらおうか」

 月の宮が口角を上げて微笑んで見せると、そこで止まっていた時が流れ始めた。



「申し訳ございません」

 優雅に腰を折り、頭を下げるその七人の所作は美しい。

「朔様のお気持ちを考える余り、つい出過ぎたことをしてしまいました」

 直前の動揺はどこへやら、反省の弁を述べているようで主人をやんわりと責め立てる。なかなかに高度な技術だ。

 女官たちが人間にここまで肩入れするのも珍しい。それは月の宮と同じく二年以上、彼女のことを観察していたからだろうか。

「私共の願いは朔様、ひいては宮様がお幸せになること。そのために日々を努めてございます」

 頭を下げたままそう言う女官たちの心に、偽りは無い。

「分かっている」

 月の宮は息を吐き出すと、踵を返す。これ以上何かを言う気にもならず、自室へと戻ることにした。後ろから女官長が付いてくる気配がする。

「ただ今、お茶を淹れて参ります」
「ああ」

 女官たちは月の宮の気持ちを感じ取り、最善を尽くそうと努力する。すなわち、彼女たちの暴走は月の宮の心の現れでもあるのだ。それを一番理解しているのは、彼自身。

 それならば……。

 月の宮は少しだけ、自分の我がままを許すことにした。



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