元勇者は彼女を寵愛する
元勇者の彼女は誘拐される
「リーチェ……僕は本当は、そんなに強い人間じゃないんだ」

 それはヴァイスが魔族との戦いに明け暮れていた時、私にだけ見せてくれた、彼の本当の姿だった。
 何かに怯える様に「死にたくない」「殺したくない」と、時には涙を流しながら震えていた。
 私はそんな彼に寄り添い、励まし続けた。

 「二人だけで誰も居ない所へ逃げちゃおっか」

 そんな事を言ってみた事もあった。
 
 「それは無理だよ。僕は、『勇者』だからね」

 そう返してくると、ヴァイスは弱々しく笑った。

 歴代最強の勇者と言われた彼の心は、こんなにも脆くて今にも崩れ落ちてしまいそうだった。 
 それでも、ヴァイスはこの世界の人達を見放さなかった。
 どんなに傷だらけで心も体もボロボロになっても、最後まで『勇者』であり続けた。

 だから私も、そんな彼に相応しい彼女でないと――



 目を覚ますと辺りは真っ暗だった。
 カビ臭い。それに冷たい床。手を伸ばすと棒のような物が並んでいる。
 これもしかして、檻の中なんじゃ……?
 
「はい!では次の商品はこちらでぇーす!!黒い髪の美少年!!奴隷として好きに働かせるなり、愛玩として夜のお供にするなり使い方は自由!さあ、欲しい方は札を上げてください!!」

 聞こえてきたのはハイテンションな男の声。その内容に激しい嫌悪感を感じる。
 すぐに次々と数字を叫ぶ人達の声が響いてくる。

 前に、聞いたことがある。
 この世界には人をお金で買う人身売買をしている輩がいると。
 ……ってことは……私のこの状況って、そういう事?

 はあぁぁぁ。本当に。この世界の人達にはうんざりさせられるわね。



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