つけない嘘
「来月、ロンドンへの赴任が決まった」

彼はそう言うと私の方に視線だけ向けた。

やっぱり……なんとなくそろそろそんな話が出るんじゃないかとは思っていたけれど。

「そっか。よかったじゃん。だってずっと海外赴任希望だったでしょ」

「ああ、まぁね。でも、いざ決まったら決まったで色々先のこと考えちゃって不安もある」

「何を不安に思うのよ。せいぜい向うの生活を楽しんでくればいいだけ。長くて五年くらいなんだし」

「五年か。長いよな」

「亮らしくもない。五年なんてあっという間よ」

「五年後、瑞希さんはまだ職場にいるかな」

そこ?

でも、どうだろう。

このまま充との変わり映えのしない生活だったら働き続けてるかもしれないし、万が一子どもができたら辞めてるかもしれない。

「私がいなくなったら寂しい?」

いつものようにふざけた調子で隣に座る亮に顔を向けた途端、私は彼の腕の中に抱きすくめられていた。

彼の熱い鼓動が大きく私の頬に響いている。

「ちょっと、どうしたの?」

予想外の出来事にそんな言葉を平静に言うのがやっとだった。

少し怖いような、胸がきゅーっと切なくなるような、久しぶりに味わう感覚。

亮の鼓動以上に自分の鼓動が激しくなっていくのがわかる。

「……どうして結婚なんかしちまったんだよ」

私の耳元で彼の絞り出すような声がした。

彼から最後にかかってきた電話にフラッシュバックする。

……『結婚なんかするなよ』

亮は確かそんなことを言ってた。


まさか……まさかだよね?

これも、亮の調子のいいおふざけ。

「ふざけるのもいい加減にして」

「ふざけてない」

亮はゆっくりと腕に力を込める。

「最後だから……もう少しだけ」

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