つけない嘘
それは、亮がロンドンに発つ丁度一週間前の朝のことだった。

出勤するや否や、私と亮は営業二課長の山本さんに応接室に呼ばれる。

「朝の忙しい時間に申し訳ないね。まぁ、そこに座って」

山本さんはソファに腰を下ろすと私たちに正面に座るよう促した。

何か緊急の仕事だろうか。

未だ状況が呑み込めない私達は顔を見合わせると、戸惑いながらも腰を下ろした。

山本さんは何度もため息をつき、何かを言い渋っている様子で頭を抱えている。

私の胸に一抹の不安がよぎった。

二人同時に呼ばれるって、まさか……まさかだよね。

「何でしょう?」

思い切って尋ねた私の声が僅かに掠れる。

「いや……僕も、そんなはずはないとは思っているんだけどね、念のため確認なんだが」

頭を抱えていた山本さんはようやく顔を上げると、交互に私たちを見た。

「昨晩、部長と僕に部内の人間からある情報を預かってね。君と小出くんが、その……不貞行為をしてるんじゃないかって」

「不貞?」

思わず二人の声がシンクロする。

ドクン。亮と唇を重ねた情景が蘇り胸の中央が大きく揺れた。

すぐにその情景を消し去り心を静める。

不貞なんて……私達はそんな関係じゃない。

目をつむると、鼻から大きく息を吸い吐き出す。

こういう事態になって一番困るのは私ではなく亮だとわかっていた。

「そんなことあり得ません」

私は上司の目をまっすぐに見つめながら答えた。

「実はこういう写真も見せられたんだが、心当たりはあるかい?」

山本さんがジャケットの内ポケットから出した写真には、ホテルのエレベーターに乗り込む私と亮の姿が写っていた。

あの日の画像だ。

誰かが私たちの後をつけてた?

「これは……二人で飲みに行った時のものです」

亮が静かなトーンで言う。

「二人で?ホテルに?」

真偽を確かめるように山本さんは顎に手をやり私たちを見つめた。

「ええ、二人でしたけれど、ホテルの最上階のバーに行っただけです」

私は即座に答える。

「そうか……信じたい気持ちはやまやまなんだが」

「信じて下さい。私達は単なる飲み仲間という関係でそんなやましいことはありません」

山本さんはソファーに深く体を沈め長いため息をついた。





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