書道家が私の字に惚れました
そんな中……。

「こんにちは」

小学生にしては低い声。

「こんにちは。どなたですか…って、え?!薫先生?!」

入口には小学生の男の子より頭三つ分大きい和服姿の男性が立っていた。

当教室の創設者、五条豊先生のひとり息子で、現在メディアに引っ張りだこな超有名書道家、五条薫31歳だ。

書道家として独立してからは実家にほとんど顔を出さないと聞き、会えないことを残念に思っていた分、余計に気持ちが高揚する。

何を隠そう、私は薫先生の作品の大ファンなのだ。

もちろん、モデル並みの細身の長身体型に精悍な顔立ちという人並外れた容姿は画面を通して見るよりもはるかにカッコよくて目が釘付けになる。

その一方で、なぜ今、薫先生がこの場にいるのだろうと冷静な頭が疑問を投げかけてきた。

もしかして夢なのだろうか。

頬をつねってみたけど…普通に痛い。

「ま、いっか」

実物を見られる機会なんて早々ないのだからと超絶イケメンの薫先生の姿を拝み倒す。

でも先生は私の熱視線など気にもとめず、部屋の中に足を踏み入れた。

「あ!みんな。薫先生にご挨拶しましょう」

ここは書道教室で私は講師だ。

見惚れている場合じゃなかったと慌てて立ち上がり、生徒に声を掛けると皆、手を止め、上級生がまず頭をペコリと下げた。

下級生がそれに倣う。

「こんにちは。少し見せてくださいね」

薫先生の言葉に生徒の視線がこちらを向いたので小さく頷いて見せると皆、筆を取り直し、続きを書き始めた。
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