ある日、マンガ家が落ちていて
「全く、ダメね。あなた、私のことどう思っているの?」
 ストレートにガツンとやられた。間髪も遠慮も気兼ねも一切なく、目の前の蜂谷婦人は、ぴしゃりとあゆみに言った。婦人の声が広々とした部屋に響く。
「も、申し訳ありません。それでは、こちらの夏の新作を」
 衣装カバーから、シックなブルーのワンピースを丁寧に取り出す。今日の切り札に、と一枚とってあったものだ。切り札どころかしょっぱなから婦人に見てもらうことになろうとは。あゆみの立てていた筋書きから大幅にずれている。
 祈るような気持で、ハンガーにかかったワンピースを婦人に見せる。ディオールの新作で、あゆみと同じ外商部のメンバー達が、「これなら蜂谷婦人も気に入るんじゃない?」と言ってくれた品だ。
 蜂谷婦人は、ワンピースを一瞥した。60代後半ときくが、肌は白く皺も目立たない。エステで鍛えられたであろうデコルテも美しい。光沢のあるオレンジのブラウスに、白のスリムパンツ。どれだけジムで鍛えているんだろう。スタイルも抜群だ。
 セレブとはこういうものか、と改めて思わされる。
 婦人は、はあ、と息をついた。
「地味ね。これからの外出着は、もっと明るい色にしたいの。井上からきいてないの?」
 井上さんは、あゆみの前任の蜂谷婦人担当者だ。今は産休で出勤していない。
「はい、いえ、あの」
 あゆみはしどろもどろになってしまった。年配のご婦人に着てもらう明るい色の服。言葉にするのは簡単だが、実際に選ぶとなると難しい。色味には好みがあるし、派手すぎると下品になってしまう。そこで他の外商部のメンバーにも相談した結果のブルーのワンピースだったのだが、全くの不発だった。
「出直して。あなたのセンスじゃ、まったく売り上げに貢献してあげられない。イチから勉強してきて」
「…申し訳ありません」
 あゆみは深くお辞儀をして、並べた商品を片付けた。蜂谷邸のゴージャスな調度品に触れないようしよう、と注意するので精一杯だった。その後は、撃沈のショックでどうしたかよく覚えていない。
 気がつくと公園のベンチでうなだれていた。天気のいい日で、空は快晴だ。学校帰りのランドセルを背負った子供達が目の前を駆けて行く。
「はあ…」
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