ある日、マンガ家が落ちていて
 しばらく外商部の皆の話などしてから電話を切った。
 あゆみは伸びをして空を仰いだ。
 蜂谷婦人の攻略法、イチから練り直さなきゃ。今日は蜂谷邸が終わったら、直帰していいことになっている。
 さっきまで青かった空が、少し暮れ始めていた。
「…よし。帰ってビールでも飲も」
 くよくよしたって始まらない。そう自分に言い聞かせながら、ベンチから立ち上がる。 
 すると。ベンチに座っていた時にはわからなかったが、あゆみから少し離れた植え込みの辺りで、四つんばいになっている男性がいる。
 …落し物、かな。コンタクトレンズとか?
 四つんばいになって動きまわっているから探し物をしているのは確かだった。これから日が暮れることを考えると、早く探さないと見つからないだろう。
 落ち込んでいる時ほど、善行をするといいって言うよね。
 あゆみは男性に近づいて声をかけた。
「何か、落とされたんですか?」
 男性は、え、と声を出してあゆみの方を見た。ちょっと天然パーマがかかっているのか、ふわっとした髪型で、顔が小さい。メガネの奥の気弱そうな目があゆみを捉えて戸惑っている。
「えっと、あの」
「コンタクトレンズですか。私も落としたことあります。でもあると思って探すとちゃんと見つかったりするんですよ」
 あゆみは男性の隣にしゃがみこみ、雑草の生えた地面をかき分け始めた。
「あ、いや。コンタクトレンズじゃないです。鍵。ロッカーの鍵です」
「ああ。それなら、見つかる可能性が上がりますね」
 しばらく、二人で植え込みの下を探りあった。
「ないですね…この辺で落としたのは確かなんですか?」
「はい。確かにこの辺で…」
 男性は困り果てた表情で答えた。あゆみは、ちょっと探し方を変えようと思った。
「何か見過ごしてるところとか、あるはず。あ、あれは?」
 植え込みの横に小さな水溜りがあった。
「あ、まだ。でも」
 男性がないですよ、という顔をしたのと同時にあゆみは水溜りに手をつっこんだ。
「わあ!」
 躊躇のない行動に男性が声をあげる。
「ん…んんっ、あ、あった!」
 あゆみは水溜りから、番号札のついた鍵を拾いあげた。そのまま、水飲み場に行き、手と鍵を洗って、ハンカチで拭いた。
「これ、ですよね」
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