絶対に愛さないと決めた俺様外科医の子を授かりました
 こういうお店だから上品さを装ってはいたけれど、食欲を優先した美澄の様子を、彼はしらけた目で見ていた。
「フルコースなんて、めったに食べられないですから。これも八重さんのおかげですね」
 美澄は開き直ることにした。
「それじゃあ」
 と、そっけなく別れの挨拶をしようとした時だった。
 彼はスマホに目を落としたあと、何か思い立ったように言った。
「……そうだ。ちょうどいいかもな。これも何かの縁っていうことで、ちょっと付き合ってもらおうか。行くぞ」
「は?」
「心配するな。金なら払う。どうせここも俺のおごりだ」
「えっ!? 八重さんの予約じゃなかったんですか?」
 そうとは知らずに平らげたあとで、美澄の顔からさっと血の気が引いた。
(うわぁ。どうしよう……!)
 有名なフレンチ店のフルコースに品のよいワイン……けっこうな金額だと思う。
「食べた分は働いてもらわないとな」
 もはや後の祭りだ。彼は意地悪な顔を浮べていた。
「ちょ、何を考えてるんです? 突然、野獣化しないでください。私にその気はありませんからっ」
 きゃんきゃん騒ぐ子犬を一蹴するように、彼は待てのポーズをとる。
「そうじゃない。おまえに頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいことって……いかがわしいことじゃありませんよね」
 疑るような目を向けて警戒していると、彼は気だるそうにため息をついた。
「今夜、姉貴の子どもを預かることになったから、面倒を見る人間が欲しいんだ。一時的にうちのベテランの看護師が見てくれるっていうんで預けてるんだが、さすがに明日の午後までずっとそのままでいるわけにもいかないからな」
「理由はわかりましたが、私たち初対面ですよ。それもお見合いは破談です。あなたの事情なんて私に関係ないですよね? 当然のように言わないでください。なんで私が――」
「フルコース、食べたよなぁ」
 ただでさえ整った顔にわざとらしくにっこりとした顔で言われると、ものすごい圧を感じる。美澄は思わず後ずさった。
「ぐっ……それを出されると。わかりました。お金はお支払いしますから」
 財布に手をかけようとする美澄だったが、その中身が頼りないことなど彼女にはわかっている。ただなんとか彼の強引な命令に逃れられないかの時間稼ぎだ。
「手、出せ」
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