ライム〜あの日の先へ
その時、車内に電話の着信音が響いた。

「やべ、俺のだ」
「秘書の桃田さんみたい。代わりに出ようか?」
「いや。それはマズイ。いいよ、後で折り返す」

彼が零次だとすると、日本を代表する大企業の社長。忙しいはずだ。
鈴子は申し訳なく思って、力なく小さな声で詫びる。

「すみません。ご迷惑をおかけします」
「いやだ、やめて先生。こちらこそ、いつもお迎え遅くなってご迷惑をおかけしてるのに。
光英大学病院なら病児保育もしてますから、いざという時は利用してください。
プリスクールでも病後児保育の対応ができるようにしたいと思ってるんですけどね。看護師の確保がなかなかできなくて」

ハルトの母のまるで経営者のような口ぶりに、鈴子はあれ、と思う。

「子供にケガや病気はつきものだろ。そこは早く手をつけたほうがいいんじゃないか?」
「もう、簡単に言ってくれるわね。そうすぐには出来ないのよ」

二人は仲がいいみたいだ。会話の内容から、ハルトの母は保育の現場に携わっているのかもしれない。

ーー社長夫人として内助の功って感じじゃないもの。自分自身でキャリアを積んでいく女性に思える。


もう、この場にいたくない。これ以上、何も知りたくない。

心が悲鳴を上げている。
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