ライム〜あの日の先へ
ひゅっと一成は息を飲む。

事実をきちんと確認せずに思い込んでしまっていた。思い込みに支配され、間違った事実で悩んでいたのかもしれない。
一成は確かめるように零次を見た。

「……以前、凛が入院していた病院で零次と一条さんの話が聞こえてしまって。契約結婚とか……」
「あぁ。なるほどね。それは……」

零次は日本に帰って真っ先に一条琴羽に会いに行った。恥も外聞もなく土下座をして彼女に助けを求めた。
琴羽に零次の持つ五嶋商事への全権を委ねるための契約結婚を持ちかけたのだ。

だが、あっさりと断られた。

彼女は『琴羽さえ手中にできれば』と考える、零次の中にある“逃げ”という甘えをズバリと突いてきた。

「逃げるなら勝手にどうぞ。私を巻き込まないで。五嶋くんが守りたいのは、プライド?家名?それとも、もっと別のもの?」

琴羽にそう問われ、零次は気づいたのだ。守るべきものがあり、それは自分にしか守れないことを。

「いや、俺はもとの吉田姓に戻ったっていい。五嶋家のプライドなんて持ち合わせてないよ。
俺が守りたいのは、あそこで働く従業員とその家族の生活なんだ。
一成は仕事にやりがいを見い出していて、商社マンとしての仕事に誇りをもっていた。鈴子は見返りも求めずに無償の愛情を注いでくれた。
そうだよ、俺は彼らを守りたいんだ。守らなきゃ」

やっと目が覚めた零次に、琴羽は最大限の協力を惜しまないと約束してくれた。おかげでなんとか持ちこたえながら、毎日必死に仕事をしている。


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