ライム〜あの日の先へ
「じゃ、零次くんのリクエストにこたえて猫のてぶくろ読むね」

鈴子は一成と零次の間にちょこんと座って、声を出して読み出した。

毎日、家族の前で声を出して本を読むという『音読』の宿題に付き合ってくれるのは兄たちだ。
中学生の男子が小学生の読み物を聞かされるのは退屈だろうが、二人とも面倒くさがらずにつきあってくれる。
わずか5分ほどの時間だが、鈴子にとっては心が温かくなる大事な時間だった。


父は仕事が忙しくてほとんど帰ってこない。
母の記憶はない。母は鈴子が物心つく頃にはそばにいなかった。家には母の遺品も写真さえもない。でも母がどんな人だったかは知りたくなくても耳に入ってきた。
家事は主に家事代行サービスがやってくれる。時折、父が連れてくる女性が家に上がり込んで母親の真似事をしたりもするが、長続きはしない。


鈴子にとって一成だけが家族と言える存在。
一成の親友である零次も本当の妹のようにかわいがってくれた。

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