ライム〜あの日の先へ
零次の母は元々五嶋商事で受付として勤めていた。そこで社長に見染められた。
零次を身籠もり、いよいよ結婚となった時、社長に見合い話がきた。
なんと相手は『世界の一条』といわれる巨大グループの創業者一族の一員で、日本の総合商社トップ、一条商事の社長の遠縁にあたる娘。
零次の母はアッサリ捨てられた。
だが母は、半ば意地で零次を産んだ。
母との生活は今思い出してもひどいものだった。
母は、零次に自分を捨てた男の姿を重ねていたのだろう。気が向いた時にしか構ってもらえない。育児放棄に近い状態だった。
小学生の頃までは祖母が同居していた。可愛がられた思い出はないが、衣食住が確保されてまだマシだった。
母は家には寄り付かず、どこで何をしているかもわからない状態だった。
やっと祖母が母を探しあてたとき、母は二十歳の若い男と同棲していた。
「私を探さないでって言ったのに。
過去は忘れたいの。この子のことも」
祖母と共に母のいるアパートを訪れて、開口一番に言われたセリフ。小学生の零次はひどく傷ついた。
「勝手に産んで、勝手に置いていって。迷惑なんだよ」
「お金なら渡したでしょ?」
「あれっぽっちで偉そうに。
慰謝料やら養育費やらガッポリもらっただろ」
「そんなもの、もうないわよ」
祖母と母の会話はさらに零次の心を傷つける。
ーー僕は、母にとって忘れたい存在。おばあちゃんにとっては迷惑な存在。
祖母はその後、交通事故で亡くなり、母との同居が強制的に始まった。