社長っ、このタクシーは譲れませんっ!
 将臣は若造のくせに社長かよ、と反発心のある人をも黙らせるような、落ち着いた立派な挨拶をしていたが。

 締めに、ちょっと迷うような顔をして、咳払いした。

「最後に、私事(わたくしごと)ではありますが。
 この度、結婚致しまして」

 わっ、と特に社員たちから拍手が起こる。

「妻はここの社員でもありますが。
 入社したばかりの右も左もわからない新米社員です。

 そして、ここに来たばかりの私も、社長とはいえ、新米であることにかわりありません。

 どうぞ皆様、夫婦ともに、遠慮なく、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

 そのとき、壁際にいた千景は、みんなが笑顔で口々に言うのを聞いた。

「はい、遠慮なく」
「遠慮なく」
「遠慮なく」

 あ、あのとき、セントラルホールで会った、よその会社の偉い人……。

 そのおじさんも笑顔でそう言っていた。

 そして、せわしなくない程度に早足で歩いて前を横切った塩谷も、
「遠慮なく」
と言い。

 その後ろからやってきた早蕨が、
「完膚なきまでに」
と笑って千景を見て言った。
  
 いやいやっ。
 鍛えてくださいという話で、叩きのめしてくださいという話ではないですよっ、と千景は秘書の先輩二人を振り返る。




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