ご近所の平和を守るため、夫のアレが欲しいんです!
番外編:蜂蜜ミルク
「……はい。ええ。はい。……分かりました。はい」

 平日十八時前。リビングから慶一さんの声がする。只今、お家で勤務中。もうそろそろ終わるかな? ってところで会社から支給された携帯電話が鳴って、そのまま打ち合わせに突入した。私はキッチンでその声を聞きながら、どうしようかと考える。

 あの様子だと、誰かから急な要件を押し付けられたのだろう。夕飯、もう少しで出来るのだけれど、大丈夫? 食べられるかな?

 声を掛けようとキッチンカウンター越しにリビングを眺めると、ちょうどそのタイミングでノートPCをぱたんと閉じ、慶一さんがテーブルに突っ伏した。

「胃が痛い……」

 なんだかちょっと深刻そうだ。

 慶一さんとは職場結婚ではあるのだけれど、もともと部署が違っているというのと、私が退職して三年近く経過しているので、直面した厄介事がどんなものだかは、説明してもらわなければさっぱり分からない。

 そのままどうしようかと眺めていると、ふと視界の端を黒いモノが横切った。我が家の居候、神様のお使い犬クロだ。クロは非常に面倒臭そうな表情で慶一さんに近付くと、ちょっと離れた位置で寝そべった。時々ふぁさっとクロのしっぽが慶一さんの足に触れる。もちろん慶一さんは気が付かない。この微妙な距離感。

 私は小さく笑うと、冷蔵庫から牛乳を取り出しマグカップに注いだ。そして電子レンジで温める。人肌くらいになったカップと蜂蜜のチューブを両手に持つと、慶一さんの目の前にコトリと置いた。

「はい、ホットミルク」
「ん?」
「胃酸出るような仕事入っちゃったんでしょ? 胃に粘膜張らないとね」

 そうして夫と向かい合わせに座る。

「蜂蜜も入れる?」
「ん」

 のろのろと顔を上げてカップを両手で抱える慶一さん。そのカップに蜂蜜を小さじ一杯分だけ入れて、掻き回した。

「はい、どうぞ」
「んー」
「さっきから、んだけじゃ分からないよ」
「ん」

 一瞬の沈黙。そしてどちらからともなく小さな笑いが起こった。

「ちゃんと喋って」
「悪かったよ。ありがとう」

 口元に笑いを残して、慶一さんがミルクを一口すする。

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