手を伸ばした先にいるのは誰ですか






「俺の保身だって?」
「そう見えるね。保身…自分の地位、名声、安穏を失うまいとふるまうことだ」
「そんなこと考えてない」
「頭で考えていなくとも、人は無意識にそういう行動に出るものだよ。誰も進んで危険に晒されたり転落を選択しない」
「俺は美鳥を愛して結婚する」

俺と父の静かな攻防を、遠藤のさらに静かな声が遮った。

「お二人とも間違ってはおられません。旦那様のおっしゃることはもっともですし、朱鷺様が美鳥様に惹かれるとおっしゃることも事実だとお察しします。ただ…どちらにしても美鳥様の真意が結婚について拒否ならば朱鷺様は一度立ち止まってじっくりお考え直しになる必要があるかと…」
「考え直したところで好きなものは変わらない」
「そうですね。でも‘好き’を精査して種類を判別し、朱鷺様の今後の人生における優先順位を大まかに決定していくという作業は、多くの人間の上に立つ者として今必要なことなのではないでしょうか?」
「私もそう思うよ。私と遠藤くんにこうして美鳥のことを話したのが今だったというのも、朱鷺が今考えるべき時を迎えたということだ」
「…離婚経験者二人に言われても説得力が今一つだが?」
「ははっ…西田夫妻を呼ぶか?」
「…いや…西田はともかく…冴子さんは…冴子さんは美鳥とイギリスに残っていたから俺と美鳥が付き合っていることにすぐに気づいたんだ…その時から俺にあまりいい顔をしない。美鳥とは今でも親子のように仲がいいがな」
「ありがたいことだね」

父が目を細めた時に

「それにしても…美鳥様は健気でいらっしゃいますね。朱鷺様のことで思い悩んでおられるでしょうに、全くそんな様子を見せずに、毎日明るく貪欲と言えるほどの仕事ぶりです。全力で誉めて差し上げたい」

遠藤が言いながら自分の言葉に大きく頷いた。
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