エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた
(あぁあーこれって、マズイんじゃない?)
スマートフォンの目覚ましアラームが鳴り響き、飛び起きた麻衣子は隣で眠る隼人を見て頭を抱えた。
足の手入れをしてもらった後、流されるままベッドへ押し倒されて好き勝手されて疲れ果てた末、お泊りするのは今回が初めてではない。
足の手入れからお泊りの流れは、隼人の自宅を訪れる度にこのパターンになっていた。
お泊りした翌日でも、隼人の自宅から仕事へ行けるようと、宅配サービスを利用して仕事用の服と部屋着は買いそろえてあるし、肌にいいからという理由で彼が選んだ高級な化粧品も取り寄せてもらってある。
タワーマンション上階、広々とした2LDKの彼の家は寝室ともう一部屋荷物部屋になっていた部屋があり、荷物を片付けて空けてもらった部屋にどんどん増えていく麻衣子の私物。
これでは半同棲状態じゃないかと麻衣子気が付いた頃には、アンティーク調のお洒落なドレッサーまで用意されてしまっていた。
あと二週間、残っているお試し期間が終わり、やっぱり付き合えませんとなったらどうするのかと問い詰めたこともあったが、隼人に笑って誤魔化されてしまった。
頭を抱える麻衣子の太股から脹脛を手の平が撫でる。
「おはよう、麻衣子さん」
上半身を起こした隼人は爽やかな笑顔を麻衣子へ向け、ちゅっとリップ音を立てて唇へキスをした。
「一緒に出勤するのは、誰かに見られちゃかもしれないから私は電車で行きます」
「その辺は上手くやる。君は心配しなくていい」
スーツに着替えて斎藤課長の姿へ変身した彼は、黒縁眼鏡のフレームを人差し指で押し上げ麻衣子の鞄を持って歩き出す。
会社の駐車場で別れ、時間差を付けて出社するにしても誰に見られているか分からないと警戒しながら、結局は今日も一緒に出勤することになるのだった。
先に社屋へ入った斎藤課長と時間差をつけて出勤した麻衣子は、不自然にならない程度に彼と距離をとりつつ仕事をこなしていた。
ファイルを抱えて廊下を歩いていた時、小会議室から出て来た斎藤課長に道を譲ろうと壁際へ身を寄せる。
擦れ違う前に頭を下げて顔を上げた瞬間、此方を見た斎藤課長と目が合う。
体の横で軽く握っていた手を広げた彼の小指の先が麻衣子の指先に軽く触れ、すぐに離れていく。
(もうっ、不自然な動きをされたらバレちゃうじゃない)
内心で毒づいていても、少しでも社内バージョン、斎藤課長と触れ合えた嬉しさで熱くなる頬を誤魔化そうと麻衣子は俯いて歩いた。
「須藤さん」
作成した書類を提出しに来た麻衣子を呼び止めた坂田部長は、じっと彼女の顔を見詰めてからおもむろに口を開いた。
「ちょっといい?」
社内でも数少ない女性管理職の坂田部長の表情から、もしや斎藤課長との関係が知られてしまったのかと、緊張で麻衣子の手足が冷たくなってくる。
「今週末って何か予定はあるの?」
「いえ、特には」
麻衣子からの答えを聞いた坂田部長は、表情を崩してにっこりと笑った。
「良かったー。実はね、私の姪が働いているお店で無料キャンペーンをやるらしくて、紹介チケットをあげるから行ってみてくれない?」
言いながら坂田部長はデスクマットから取り出したピンク色のチケットを麻衣子へ渡す。
手渡されたお洒落なロゴが入ったチケットには、エステ店の名前が印字されていた。
「エステ、ですか?」
「前に、脱毛器が壊れたからエステに行こうかって、脱毛に興味があるって言っていたじゃない。体験だけで入会しなくてもいいから、行ってあげて欲しいのよ。お願い」
両手を合わせて言う坂田部長のお願いを断ることは出来ず、麻衣子は週末の無料キャンペーンへ行くことを了承してしまった。