エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた

07.エステと変態の衝撃

 週末のエステへ行く話をどう切り出そうか迷っているうちに終業時刻は過ぎていき、いつも通りメッセージアプリで隼人から待ち合わせ時刻と場所について連絡が来ると、麻衣子は残業を終わらせて帰り支度を始めた。

 待ち合わせ場所の駐車場で合流した二人は、当然のように隼人の自宅マンションへ向う。

「今週末のラーメンランチは急用が出来たため行けません」

 夕飯を食べ終わり食後の珈琲を淹れて、ようやく麻衣子は切り出した。

「えっ!? 俺とのラーメンランチよりも大事な予定が入ったの!? それとも、ラーメンよりも美味しい物を食べたくなったとか!?」

 テーブルに手をついた隼人は身を乗り出して勢いよく問う。

「違います」
「良かった」

 ホッと息を吐き、マグカップを手に取った隼人は珈琲を一口飲んだ。

「週末は坂田部長の姪っ子さんの働いているエステに行くことになりました」
「ぶっ!!」

 勢いよく隼人の口から吐き出される珈琲の茶色いしぶき。


 がちゃんっ!
 隼人の手から離れたマグカップがけたたましい音を立ててフローリングの床へ落ちる。

 床へ散らばる破片と零れた珈琲には目もくれず、口から珈琲を垂らして大きく目を見開いた隼人は全身を激しく震わし、麻衣子を凝視した。

「なん、なっ、なんだって……」
「ちょっ、隼人さん?」

 顔色を青くして体を震わす隼人の、瞳孔が開いてしまっているのでは無いかと不安になるくらい目を見開いた尋常ではない彼の様子に、思わず麻衣子は後ろへ下がる。
 がしっと両肩を掴まれて「ひっ」と、引きつった悲鳴が出た。

「部下にパワハラしてエステへ行かせようとするなんて! 行かなくていいよ麻衣子さん! もしも断ったことで今後の人間関係が不安なら、俺が全力で出世してあの女を蹴落としてやるから!! 半年、いや三か月あれば、必ず部長?まで出世して麻衣子さんに手出しさせないようにするから!!」

 血走った眼を見開いて、隼人は捲し立てるように一気に言い放つ。

「ええ!? パワハラって、蹴落とすって、何言っているの!?」

 明らかに言動がおかしなことになっている隼人から逃げたいのに、彼の指は両肩に食い込むほどの力で掴まれていて逃げられない。

「はぁはぁ、坂田部長には俺から話を付けるから、エステになんか行かなくてもいい」
「ちょっ、ちょっと待って!」

 今から坂田部長の自宅へ殴り込みに行きそうなくらい据わった目をした隼人の腕を両手で握り、麻衣子は必死で彼を引き止める。

「部長には新入社員の頃からお世話になっていて、これくらい私は別にパワハラだなんて思っていないの。それに、無料体験くらいなら行ってもいいじゃない」
「駄目だ! 麻衣子さんはお人よしだから断れ切れずにエステに入会させられてしまう! どうしても行きたいなら俺も一緒に行く!」
「えぇー!?」

 メンズエステではなく女性専門エステに、心配だからという理由でも彼氏(仮)と一緒にエステに行くのは躊躇する。それに、働いている姪っ子さんの口から斎藤課長との関係が坂田部長へ伝わるかもしれない。

「俺の理想的な足の毛を脱毛されてしまったら困るんだ」

 溜息混じりに呟かれた隼人の一言。
 彼の腕を掴んでいた麻衣子の動きがピタリと止まった。

「困るって何?」

 腕を掴む手と、問い掛ける声が小刻みに震える。
 麻衣子の体の奥底から冷たくなっていき、呼吸が苦しくなるのを感じた。

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