エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた
「困るって、ムダ毛の手入れが出来無ければ、貴方の性癖が満たされなくて困るってこと? 隼人さんにとって、私の価値って足だけなの?」

 自分で発した言葉が鋭い刃となって胸へと突き刺さる。
 彼の性嗜好が変態でなければ興味を持って貰えなかったことも、並んで立っていても全く釣り合わないことなど分かっていた。
 それなのに、足のお手入れをされて美味しい食事を作って貰って、隼人の選んだ高級でセンスの良い服を着せて貰って、麻衣子自身を大事に扱って貰えているのだと勘違いしていただけだ。

(よく考えたら、私じゃなくて“足”のために私を大事にしていただけなのにね)

 結論が出ると、悲しみやショックよりも怒りの感情が湧き上がってくる。
 勢いよく顔を上げた麻衣子は、戸惑う隼人を睨みつけた。

「ま、麻衣子、さん?」
「隼人さんなんて嫌いっ!!」

 言い放った言葉の勢いに圧され、隼人は上半身を仰け反らせる。
 怒りのあまり潤んでいた麻衣子の両目から、涙がポロリと零れ落ちた。握り締めた両手に力がこもっていき、振り上げそうになったが下唇をきつく噛んで堪えた。

「嫌い、嫌いよ! エステに行って全身を、特に足を脱毛してツルツルになってやるから!!」

 椅子の上に置いたバッグを掴むと、麻衣子は玄関に向かって走り出した。

「麻衣子さんっ!?」

 硬直していたせいで、すぐに反応できなかった隼人の焦る声が背後から聞こえるが、玄関を飛び出た麻衣子は一度も振り返ることはしなかった。



 ***



 全速力で電車に飛び乗り自宅の最寄り駅まで向かう。
 マナーモードにしていたバッグの中のスマートフォンは、何度も着信とメッセージの受信を知らせるが内容を確認せずに電源を切った。

 最寄り駅に着き電車を降りていてから、隼人が自宅マンションに押しかけてくる可能性に気が付いた。
 今彼に押し掛けて来られると面倒だと思い、駅前のコンビニで夕食と駅に隣接しているファストファッション店で下着一式とカットソーを購入して、近くのビジネスホテルに宿泊することにした。

 ホテルの部屋のユニットバスに入り、素足を見て今日は隼人に足のお手入れをしてもらう日だということを思い出す。

(隼人さん、今頃どうしているのかな)

 ぼんやりとくすんだクリーム色の壁を見詰めながら、アメニティのボディタオルへボディソープを垂らす。
 ボディタオルの泡を見ていると、冷静沈着な斎藤課長ではなく眉尻を下げてわんこな表情をした隼人が、泣きながらソファーに座り膝を抱えている光景が脳裏に浮かんでくる。

(ううん、駄目! もうあんな変態の事なんか忘れるんだから! 心配なんかしないの!!)

 思考を振り切るように首を横に振って、麻衣子はごしごしとボディタオルで体を洗った。
「肌にいいから」と言って、隼人が海外から取り寄せた高級ボディソープとボディ用保湿化粧水、彼のマッサージで甘やかされた肌にはビジネスホテルのボディソープとボディスポンジは合わなかったのか、少し擦っただけで赤くなってしまった。



 久し振りに一人で寝たのに熟睡はできず、麻衣子は怠さの残る体でビジネスホテルから会社へ出勤した。

 エントランスを抜けた直後、社外へ出るらしい斎藤課長と顔を合わせてしまい、麻衣子は視線を逸らして彼へ頭を下げる。

「須藤さ」

 声をかけようとする斎藤課長に背を向けて、足早で彼から離れていく。

「課長、顔色悪いですよ? 体調が悪いなら無理しないで休まれては?」

 背後からは斎藤課長を心配する女子社員の声が聞こえたが、麻衣子は足を止めることはなかった。    
 
(隼人さんなんて、斎藤課長なんて、私の足目当てだったのよ! まだお試し期間内だけどあんな変態、こっちからお断りしてやる!)

 朝から斎藤課長は取引先へ出かけて行ったため、その後は彼と顔を合わせることは無く勤務時間を終えた。


「須藤さん、新しく出来たイタリアンの店に寄って行かない?」
「今日はちょっと体調が悪くて早く帰りたいんだ。ごめん、また誘ってね」

 仲の良い女性社員達からの夕飯の誘いを断り、麻衣子は自宅マンションへ着替え一式を取りに帰った。

 警戒しながら帰ったマンション周辺に斎藤課長の姿は無く、安堵の息を吐く。
 今朝会った時に見た、目の下に隈が出来て憔悴しているように見えた斎藤課長と話をする気にもならず金銭面と精神的負担を天秤にかけて悩んだ末に、昨夜とは違う駅前のビジネスホテルに泊まることにした。

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