エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた
 バックの中に入ったまま放置していたスマートフォンからけたたましいアラーム音が聞こえ、麻衣子は勢いよく掛け布団を蹴飛ばした。

「寝坊っ!!」

 寝起きが悪い麻衣子が、穏やかなアラーム音から順に激しくなるよう設定した目覚まし時計アプリのこの音は、「もう起きないと間に合わない」という最後通知。

 上半身を起こした途端、襲ってくる腰の痛みに呻いた麻衣子は腰だけでなく全身、喉が痛いことに気が付いた。
 さらに、全裸で寝ていたことと自分の腰へ回す腕の主を見下ろして、全身から血の気が引いていく。

「今日は祝日だよ」

 眠たそうに目蓋を半分以上閉じて答えた斎藤課長が麻衣子の腰を撫でる。
 昨夜の激しすぎる行為の記憶が麻衣子の脳裏に蘇ってきて、限界を迎えた。

「きゃあああー!!」
「ぶっ!?」

 勢いよく振り下ろした拳が斎藤課長の頭に直撃し、彼の顔面はベッドへ沈み込んだ。

「斎藤課長っ!? うそっ夢じゃない!?」

 斎藤課長に抱かれて乱れまくった記憶は夢ではなく、乱れたベッドシーツと全身の倦怠感が現実だったことを物語っている。
 羞恥のあまり麻衣子は真っ赤に染まった顔を手で覆った。

「あのね、麻衣子さん」

 赤くなった鼻を手で押さえながら斎藤課長が顔を上げる。

「俺を殴って、夢かどうか確認するのは痛いからやめてくれるかな。あとさ」

 顔を隠す麻衣子の手へ自分の手を重ね外させると、包み込むように握る。

「俺のことは、斎藤課長じゃなくて“隼人”って呼んでと、言っただろう?」
「は、隼人、さん」

 名を呼んだ瞬間、心底嬉しそうに微笑む彼は冷静沈着な斎藤課長とは同一人物とは思えない。

 一夜の思い出にしようとしていたのに、こんな顔をされたら勘違いしそうになるじゃないかと、麻衣子は全身を真っ赤に染めた。

 蕩ける笑みを向けてくる隼人を直視出来なくて、麻衣子は彼の横へ倒れ込むとシーツへ顔を埋めた。

「可愛いな」

 はぁー、と熱っぽい息を吐き出した隼人は、シーツに顔を埋める麻衣子の上に覆い被さる。
 力の入らない麻衣子の足に隼人の足が絡まり、彼は麻衣子の首筋に顔を埋めて背後から彼女を抱き締めた。

「やばい、興奮してきた」
「え?」

 熱い吐息と耳に流し込まれた言葉。
 一瞬、麻衣子は耳を疑うが背後から抱き締められた太股に触れるモノの熱と存在感が、隼人の言葉通りに興奮している証拠となっていた。

「はぁ、もう一回しよう」

 息を荒げた隼人は、顔色を悪くする麻衣子の腰を這うように触れる。
 ベッドにうつ伏せで寝ているため、上に乗っている彼から逃げることが出来ない。

「ま、待って、もう支度して、チェックアウトしなきゃだし、あと、腹もすいているから」
「大丈夫。部屋は延長しておいたし、三十分後にモーニングセットのルームサービスを頼んだ。あと三十分あれば、出来るよ」
「用意周到な、ってそういう問題じゃないの! 腰と喉が痛いし、もう無理なのー! うっゴホゴホッ!」

 手足をバタバタと動かして絶叫した麻衣子は、叫び終わる前に咳き込む。

「だ、大丈夫?」

 咳き込む麻衣子の背中を軽く叩き、慌てて上半身を起こした隼人はベッドサイドに置かれていたミネラルウォーターのペットボトルを手に取り、キャップを開いた。
 うつ伏せで寝ている麻衣子の肩を手で支えて仰向けにして、そっと彼女の上半身を起こさせてヘッドボードの前に枕を重ねて置き、背中を凭れかからせる。

「続きをしたかったけど、無理はさせられないからね」

 甲斐甲斐しく世話を焼き、嬉しそうに笑う青年が斎藤課長と同一人物には見えない。
 実は双子の片割れです、と言われた方が納得出来た。

(この子どもっぽい人は本当に斎藤課長なの? 別人みたい……)

 ルームサービスで頼んだモーニングセットが届き、ガウンを羽織った麻衣子は痛む腰をさすりながらソファーへ移動した。

「ねえ、麻衣子さんに提案があるんだ」
「え、はっ?」

 モーニングセットのバターロールを咀嚼している時、隼人から出された提案に驚きすぎて口の中の物を全て吐き出しかけた。
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