こんなのアイ?




 愛実はこの1ヶ月以上の帰り道のことを克実に言っていなかったようだ。彼女は自分の気持ちを一切含まず事実だけを説明している。

 愛実は元々そういう傾向にある。自分の気持ちや自分のことを積極的に話する性格ではないな。聞くときちん言うのだが‘愛実はどう思うんだ?’ではなく、ここ最近の会話の中で自然に引き出せるようになったのが嬉しい。

「皆藤さん」

 克実に呼ばれ彼に向き合う。

「皆藤さん、仕事は?」
「このあと戻っています」
「毎日ですか?」
「ええ」
「4時台から抜けて…大変でしょう?」
「今自分がやりたいこと、一番優先すべきことをしているまでです。自分の人生に絶対に必要な選択なので、この時間の使い方には価値がある。これが何ヵ月続いても、それで今後何十年の残りの人生に愛実がいてくれるなら本望だ」

 そして俺は1枚の名刺を愛実に渡す。

「愛実、明日は1日関西なんだ。これはどうしようもなかった。明日このタクシーが愛実の事務所前で待っているから乗って帰ってくれ」
「…タクシーで帰る?」
「ああ、あの帰りの満員電車に一人で乗せたくない。特にいつも近くにいるメガネのおっさんとネイビーのダッフルコートの高校生はお前を狙っている」
「あははっ…悠衣、そんなこと思いながら電車に乗っていたの?思い過ごしだよ」
「いや、明日俺がいなかったらアイツらはお前を触る。毎日あの二人はお前をエロい目で見てから俺を睨み付ける」
「悠衣の電車で無口な理由はそれ?日常的な満員電車だよ。明日も電車で…」
「「タクシー使え」」
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