寵愛のいる旦那との結婚がようやく終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい
三十三
 本日はミリア亭、午前中お休みの日。
 わたしは昨日、ナサの帰り間際に『明日は湖そばに、体を動かしに行くわ』と彼に知らせて。いつもの場所で体を動かしている。

(まあ、湖に行くと伝えたとき渋い顔をしてたけど、……運動不足なんだもの)

 それに、この時間は北口警備の騎士の人と交代して、ナサは仮眠をするため、寮に帰って寝ている時間だから、気軽に着いてきてとは言えない。

 わたしは軽く準備体操から始めた。

「よし、次は素振り」

「フワァ、何が素振りだ? 木刀の持ち方がなってない」

「え、?」

 振り返ると鎧を身につけていない、シャツに黒のスラックスといった珍しい格好のナサがいた。一度、宿舎に戻って着替えてから来たんだ。

「ナサ、さっきまで警備の仕事だったでしょう? 疲れてるんだから宿舎に帰って寝てよ」

 そう伝えてもナサは目を細めて。

「ウルセェ。お転婆がいるんだから、仕方ねぇーだろう?」

 運動なら家でやれと言われているのに、湖に来たからかナサは不機嫌だ。

(ちょっとだけ体を動かしたら帰るからいいじゃない。……あ、ここでわたしまで不機嫌になると、何時もの言い合いになっちゃう)

 グッと言いたい気持ちを抑えた。

「ナサはそこで待ってて、終わったら一緒に帰ろ」

「……シッシシ。そうか、すぐには帰らないのか。はぁーわかったよ、ここで寝てるから終わったら起こせよ」

「うん」

 ナサは草の上で横になって寝始めた、それを見てからわたしは素振りに集中する。

「はっ!」

「てぃ!!」

「やぁー!!」

 十代頃ように体は上手く動かないけど、少しずつ体を鍛えて。

「リーヤ、腕の振りが甘い!」
「え、ナサ、寝ていたんじゃないの?」

「まったくなってない。それに腕に力の入り過ぎだ、一本、一本集中して振り抜くんだ!」

 腕に力が入り過ぎか……出来れば、お手本が欲しいところ。あ、そばにいるじゃない。

「ナサ、お願い。手本を見せて」
「オレがか? シッシシ、仕方ねぇなぁ」

 お願いすると、めんどくさそうに起き上がって、わたしの木刀を手に持ち。ナサには短く小さ過ぎるそれを構えた。

 ナサが木刀を構えたとたん、表情が変わる。


「「はぁーーっ!!!」」


 気合の入った彼の低い声、ビュッと風を切るように振り抜いた木刀の音に体が震えた。振り終えたナサはいつものように笑った。

「シッシシ、どうだった?」
「す、すごい……」

 綺麗な構え、立ち方、振り抜いた時の木刀の音、どれを取っても、わたしと違っていた。

 一言、言うのならかっこいい。

「まっ、リーヤはゆっくりやれ、じゃないと体を壊すぞ」

 ポンポンと優しく肩を叩いた。

「わかった頑張る。ナサ、素振りを見せてくれてありがとう」

 シッシシと笑い、元の場所で寝転んだ途端に"グゥーグワァー"いびきをかきながら眠ってしまった。いつも通りに早い寝落ちだ。その姿を見ながら一本一本丁寧に木刀を振った。


「フゥッ……」

(木刀を振り始めてから1時間くらい経ったかな?) 

 日課の体力トレーニングも終わった、いまから家に帰って汗を流して、ミリア亭に行く準備をしないと。そばで熟睡中のナサの体を揺すった。

「ナサ、ナサ、起きて、帰ろう」
「ん? ああ……」

 返事は返ってくるけど、なかなか起きてくれない。

「ナサ起きて」

「もう少し、リーヤ」

 腕を引っ張られてポフッと腕枕された、間近に来たナサの寝顔と、頭の下には鍛え抜かれたナサのたくましい腕。……わたしにとって、初めての腕枕だ。

 ドキンと鼓動が跳ね上がる。

(うわぁ、……ドキドキするけど、腕枕ってこんなにも、気持ちいいんだ……そばで見る、ナサの寝顔も可愛い)

「フフッ」

 グゥーグゥーと上下する厚い胸板。ソッと、手を伸ばし彼の頬を撫でた、指に感じるモフモフなナサの柔らかい毛。

「モフモフ、柔らかい」
「なにが、柔らかい?」

「……ナサの頬だよ」

 いつのまに起きていたのか、優しい彼の瞳がわたしを見ていた。

「起きた?」

「ん、ああ、起きた…その、悪かったな」

 目を逸らして、ぽりぽり頬をかいた。

 それは寝ぼけて腕を引っ張ったこと?
 グッスリ寝ちゃったこと?
 それとも腕枕? 

「いいよ。腕枕、気持ちよかった……から」
「シッシシ、だったら、またしてやろうか?」

「うん、お願いする」

 帰ろうと立ち上がって、服に付いた土と草をはたく、土埃で汚れた服を見て。

「これは帰って、洗濯かな?」
「そうだな、すまん」

「ふふっ、冗談よ」
「……はぁ? なんだ、冗談かよ」

「あ、ナサの方がわたしよりも汚れているわ」

 と、土埃と草が付く、ナサの大きな体を払った。

「ありがとう、悪いな」
「いいよ、ナサの服もついでに洗う?」

「大丈夫だ、自分で洗えるよ。ほら、戻るぞ」

 その前にナサは半獣の姿になる。湖から二人並んで戻ってきた北口の門……その門の真ん中に仁王立ちで立つ男性とバッチリ目が合った。

「おー!!」

 隣国の鎧とマントを身につけたガタイのいい騎士。
 その男性はわたしに気が付き、笑顔でこちらに手を振った。

「……っ!」
「おい、どうしたリーヤ?」

 とっさに、ナサの背中に隠れたけど。

 目が合った後だ。北門に立つ、整えられた短い髪と琥珀色の瞳の男性は、笑顔をでブンブン手を振るのを止めない。


「「リイーヤ、元気だったか? 家にいないから探したが、外に訓練に行っていたのだな。感心感心、毎日の訓練は己のためになる。リイーヤ、会いたかったぞ!」」


 そして北口の門でリイーヤ、リイーヤと何度も、何度も、大声でわたしの名前を呼んだ。わたしはナサの背中の裏でボソッとつぶやく。

「どうして、この国にいらしているの?」
「あの男はリーヤの知り合いか?」

 ナサの背中に隠れながら、コクコク頷いた。

「誰だ?」
「わたしのお兄様です!」

「あ、兄貴?」


 そうわたしのカートラお兄様が何故か、北口の門で仁王立ちしていた。
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